天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第5章 母子草
今日の八重は貝桶文が散った薄水色の小袖を着ている。貝桶は上流階級の女子の遊びである。平安時代、貴族の子女から始まった雅な遊びは、時を経て、武家の姫君たちの間でも行われていた。貝を入れる桶は美しく、表面には優美な蒔絵が施される。朱色の房付きの紐で結んでおくが、着物にはこの優美な紐が一緒に描かれている。
菊花を大胆に織りだした帯は銀朱で、どちらも八重の雪肌にはよく映えていた。お智が指摘したように、上屋敷に上がって四月、以前はどこかおどおどした感じの暗い雰囲気だったのが、若い娘らしい華やぎや明るさを醸し出すようになった。それは着物や化粧など身を飾るもののせいもあったろうが、何より八重自身が清冶郞にめぐり逢ったことで、その支えになるという務めにやり甲斐を見出したことにあった。心の張り、自分が必要とされていると思うことが、彼女に自信と勇気をを与えたのである。
元々化粧映えする顔立ちなのか、確かに美しくなった。例えるなら朝露を帯びた撫子の蕾がたった今、開いたばかりといった感じだ。咲いたばかりの匂いやかな花は、これから先、いかほど美しく咲き誇るだろうかと思えてくるような初々しさ、みずみずしさを持っている。潤んだような黒い大きな瞳が印象的だ。
しかし、八重自身は自分の変化には少しも気付いてはいない。
尚姫は八重から眼を背けると、立ち上がり、後は振り向きもせずに部屋を出ていった。
八重は、音を立てて閉まった襖を茫然と眺めていた。我に返り、恐る恐る清冶郞の様子を窺う。
「若君さま」
呼んでも返事はなかった。清冶郞は歯を食いしばり、泣くまいと懸命に耐えていた。
「八重、あの方が私の母上なのか。私を生んで下された、真の母上なのか」
菊花を大胆に織りだした帯は銀朱で、どちらも八重の雪肌にはよく映えていた。お智が指摘したように、上屋敷に上がって四月、以前はどこかおどおどした感じの暗い雰囲気だったのが、若い娘らしい華やぎや明るさを醸し出すようになった。それは着物や化粧など身を飾るもののせいもあったろうが、何より八重自身が清冶郞にめぐり逢ったことで、その支えになるという務めにやり甲斐を見出したことにあった。心の張り、自分が必要とされていると思うことが、彼女に自信と勇気をを与えたのである。
元々化粧映えする顔立ちなのか、確かに美しくなった。例えるなら朝露を帯びた撫子の蕾がたった今、開いたばかりといった感じだ。咲いたばかりの匂いやかな花は、これから先、いかほど美しく咲き誇るだろうかと思えてくるような初々しさ、みずみずしさを持っている。潤んだような黒い大きな瞳が印象的だ。
しかし、八重自身は自分の変化には少しも気付いてはいない。
尚姫は八重から眼を背けると、立ち上がり、後は振り向きもせずに部屋を出ていった。
八重は、音を立てて閉まった襖を茫然と眺めていた。我に返り、恐る恐る清冶郞の様子を窺う。
「若君さま」
呼んでも返事はなかった。清冶郞は歯を食いしばり、泣くまいと懸命に耐えていた。
「八重、あの方が私の母上なのか。私を生んで下された、真の母上なのか」