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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第5章 母子草

 八重はどのように応えたらよいのか返答に窮した。
 清冶郞の声は震えていた。
「あの方は、とうとう最後まで私の眼をご覧になろうとはなさらなかった。別れにきたと仰せであったが、少しも別れを惜しんでいるようには見えなかった」
 短い静寂の末、清冶郞が振り絞るように言った。
「八重、教えてくれ。母とは皆、あのようなものなのか? もう二度と逢えぬであろうと言いながら、涙ひと粒見せず、我が子を抱きしめもせぬものなのか。―あれでは、八重の方がよほど母上のように優しいではないか」
 清冶郞の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あのような女は私の母上ではないッ。私の母上はもっと優しい、情け深きお方だ。あんな、あのような―冷たい眼をした女ではない」
 清冶郞の眼から次々に涙がしたたり落ちた。
「清冶郞さま」
 清冶郞が八重に縋りつく。
 八重は清冶郞に何もかける言葉がなく、ただその背を撫でてやることしかできなかった。
 清冶郞の言うとおりだと思った。あのよう別れ方しかできぬのであれば、最初から尚姫は来るべきではなかったのだ。それとも、母親として自分の生んだ子に今一度逢って別れを告げることが、一つのけじめだとでも考えたのか。しかし、だとすれば、何という自分勝手な女なのだろうかと思わずにはいられない。
 自分はそれで気が済んだのかもしれないが、一方的にしかも、あのような対応をされた幼い清冶郞の心はどうなるのだろう。
 もっとも、常識や分別のある女性であれば、今更、自分から出ていった婚家にのこのこと現れはしないだろう。しかも再嫁が決まったこの時期に。

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