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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第5章 母子草

「あの話には儂も愕きましたぞ。新参の腰元を、しかも十六の小娘をいきなりご正室にとのご内意でございますからな。それがしは、それほどにお気に召したのであれば、いっそのことさっさとご寝所に召して、側妾になさればと進言申し上げた次第。であれば、祝言まで待つ必要もござらぬと、まぁ、これは下世話な話ではありますがな」
 八重が清冶郞の行く先を知っている―と、春日井から聞いて、酒井も少しは安心したのか、だみ声で笑っている。
 対する春日井は相変わらず無表情であった。
「私は、そうは思いませぬ」
「と、申されると?」
「あの八重という娘、なかなか得難き娘にて、殿のお眼鏡に適うだけの器と存じます。賢さ、優しさと人の上に立つ者に必要なものを生まれながらに備えておりまする。畏れながら、尚姫さまにはいずれもなかったもの。あれだけの女子は、これから先もそうそう見つかりますまい。その上で、殿がそれほどにご執心というのであれば、私は事を急いてお手つきの側室にするよりは、慎重に運んだ方が良いかと存じます」
「ふむ、人を見るのに煩い春日井どのがそこまで仰せとは、八重という娘、なかなか見込みがあると存ずる。確かにの、我々家臣一同ももう、尚姫さまのような奥方さまは二度とご免蒙りたいものよ。清冶郞君は長からぬお生命、当家には健やかなる新たな若君のご生誕が何より必要。殿はまだお若い。新しき奥方さまをお迎えになられ、一日も早く元気な和子さまのお顔をお見せになって欲しいものよ。しかし、その八重という娘、町人の出だと申すではござらぬか」
 懸念を示す酒井に、春日井は婉然と微笑んだ。

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