
天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第1章 第一話〝招き猫〟―旅立ち―
魚の身をむしってやり、小皿に取り分けてやるわ、味噌汁の蜆の中身を一つ一つ取り出してやるわで、到底、見ていられない。すぐに、こんな男は死んでも厭だと思った。
しかし、見合いが終わり、翌日には万屋からこの話を是非進めて欲しいという返事がもたらされた。駒平は弥栄をたいそう気に入ったという。自分の一体どこを気に入ったのかは判らぬが、駒平の母おえんは、弥栄の控えめで大人しそうなところが良いとこれまた乗り気であるらしかった。
弐兵衛からも毎日のように、返事をと言われたものの、弥栄は何かと理由をつけては返事を先延ばしにしてきた。だが、流石にいつまでもこのままというわけにもゆかないだろう。日本橋の生糸問屋の隠居を仲人に立て、ちゃんとした見合いまでしたのだから、うやむやにできる話ではない。
「申し訳ありませんが、あのお話は、やはりなかったことにして頂きたいのです」
弥栄が消え入りそうな声で言うと、弐兵衛は聞こえよがしに大きな溜息をついた。
「お前の態度を見ていれば、大方、そんなことだろうと思ったよ。幾ら私が訊ねても、色よい返事は返ってこなかったからね。一体、この縁談(はなし)のどこが不満なんだえ。万屋さんといえば、少しは名の知られた店じゃないか。しかも、先さまは、お前のことをどういうわけか、たいそう気に入って下さってるというじゃないか。こんな良い話はこれから先、そうそうあるものじゃないよ」
「―」
弥栄はうつむき、言葉を呑み込んだ。
確かに、父の残した多額の借金を肩代わりして貰った上に、嫁入り先まで世話してくれるというのだから、弥栄が文句を言える筋合いではないのかもしれない。
だが。あの生っ白い、いかにも覇気のなさそうな顔をした男と生涯を共にし、あんな男の子を生み育てるのだと想像しただけで、目眩がしそうになる。
しかし、見合いが終わり、翌日には万屋からこの話を是非進めて欲しいという返事がもたらされた。駒平は弥栄をたいそう気に入ったという。自分の一体どこを気に入ったのかは判らぬが、駒平の母おえんは、弥栄の控えめで大人しそうなところが良いとこれまた乗り気であるらしかった。
弐兵衛からも毎日のように、返事をと言われたものの、弥栄は何かと理由をつけては返事を先延ばしにしてきた。だが、流石にいつまでもこのままというわけにもゆかないだろう。日本橋の生糸問屋の隠居を仲人に立て、ちゃんとした見合いまでしたのだから、うやむやにできる話ではない。
「申し訳ありませんが、あのお話は、やはりなかったことにして頂きたいのです」
弥栄が消え入りそうな声で言うと、弐兵衛は聞こえよがしに大きな溜息をついた。
「お前の態度を見ていれば、大方、そんなことだろうと思ったよ。幾ら私が訊ねても、色よい返事は返ってこなかったからね。一体、この縁談(はなし)のどこが不満なんだえ。万屋さんといえば、少しは名の知られた店じゃないか。しかも、先さまは、お前のことをどういうわけか、たいそう気に入って下さってるというじゃないか。こんな良い話はこれから先、そうそうあるものじゃないよ」
「―」
弥栄はうつむき、言葉を呑み込んだ。
確かに、父の残した多額の借金を肩代わりして貰った上に、嫁入り先まで世話してくれるというのだから、弥栄が文句を言える筋合いではないのかもしれない。
だが。あの生っ白い、いかにも覇気のなさそうな顔をした男と生涯を共にし、あんな男の子を生み育てるのだと想像しただけで、目眩がしそうになる。
