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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第6章 撫子の君

 撫子の君
  
 翌朝、八重と清冶郞は昼過ぎにお智の家を辞した。
 二人は並んで往来を歩きながら、しばらく沈黙が続いた。風車売りやお面売り、団扇屋など様々な露店が所狭しと道の両脇に軒を連ねている。
 風鈴売りの店先に並んだ硝子の風鈴が風に揺れて、涼やかな音を立てている。ぎやまんの風鈴の表面には色鮮やかに色々な夏の風物詩が描かれていた。金魚や朝顔、酸漿、螢などがある。
 その傍らでは、本物の鉢植えの酸漿がハッとするような橙色の実をたわわにつけて並んでいる。酸漿を売っているのは、まだ二十歳そこそこの若い男であった。
 更にその横の風車売りは、酸漿売りとは親子どころか、祖父と孫ほども歳の違う初老の男である。暑さ避けのためか、手ぬぐいで頬被りをした男は少し背を屈めて、うつむき加減に椅子に座っていた。何かしているのかと思えば、どうやら呑気に居眠りをしているようだ。
 藁束に挿した幾本もの風車が回っている。今日の暑さは相変わらずだが、幾分風が出て、その分だけ涼しかった。眼にもあやな千代紙を羽根に貼った風車は風が吹く度、勢いよくくるくると回った。
 清冶郞がその風車をじっと見つめている。八重は風車売りに声
をかけた。
 眠っているかのようえに見
えた男はすぐに顔を上げた。
八重は一本だけ求めると、銭を払った。
 手渡すと、清冶郞が唐突に口を開いた。
「八重、母上は私のことをどう思っておいでなのであろうか」

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