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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第6章 撫子の君

 ふと気付くと、清冶郞は路傍の金魚売りを熱心に覗き込んでいる。水槽の中で紅瑪瑙のような金魚がひらひらと優雅にヒレを動かしながら泳いでいた。
「可愛いいな、ほら、見てごらん。あの大きいのと小さいのは親子かもしれぬぞ。そういえば、顔つきもよく似ている」
 清冶郞が大真面目な表情で指さしている。
 金魚の顔つきが似ているも何もないと思うのだけれど、そんなことは言わない。
「おっ、坊主。一匹掬ってみるか」
 店番をしていた若い男が愛想よく声をかけた。薄い紙を貼ったもので掬えた分だけ金魚を持ち帰れるのだ。要するに金魚掬いである。
 八重の顔を窺う清冶郞に、八重は頷いて見せる。八重が男に波銭を一つ渡すと、男は〝まいどありィ〟と声を上げた。
 清冶郞は眼を輝かせて金魚を追いかけている。何とか掬おうとしているのだが、逃げられてばかりで、ついには水に濡れた紙が耐えきれず破れてしまった。
「残念だな、坊主」
 丸顔の男は見かけは着流しの遊び人風だが、存外に人は好いらしかった。落胆の表情を隠しきれない清冶郞に、笑い声を上げながら器に入れた金魚をくれた。
「別嬪の姉ちゃんに免じて、おまけしとくぜ」
 と、傍らの八重に片眼を瞑って見せることも忘れない。
 小さな碗の中で数匹の金魚が泳いでいる。
 うわあと、清冶郞が歓声を上げた。
「ありがと、おじさん」
 清冶郞が礼を言って背を向けるのに、男が怒鳴った。
「おい、坊主。おいらはこう見えても、まだ十九だぜ? おじさんはねえだろうが」
 だが、清冶郞は金魚に夢中で、男の繰り言など端から耳に入っていない。

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