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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第6章 撫子の君

 まだ喚いている男に八重は思わず吹き出しながら、慌てて清冶郞の側に並んだ。既に清冶郞は少し先を歩いていた。金魚に気を取られ過ぎていて、八重がついてきていないのにも気付かなかったようだ。
 器に入っている中には、清冶郞が親子だと言い張る大小の金魚も混じっていた。
「子の可愛くない親なんて、おりませぬ」
 八重は、寄り添っているようにも見える二匹を見ながら、言うともなしに言った。
 それにつけても、八重は、清冶郞が以前、やはり同じことを訊いたのを思い出す。
―こんな私が男ではなく姫であればと家老の坂崎主膳を初め皆、重臣どもは申しておるそうな。父上も私のような世継を持たれて、内心ではさぞご落胆なさっていることだろう。
 嘉亨は常に一人息子のことを気に掛け、慈しんでいる。息子を思うその姿は、三万石の大名ではなく、ごく普通の父親のものであった。しかし、清冶郞自身は、自分が生まれつきひ弱であることを気にしている。そのために、大好きな父が自分を疎んじているのではと心配しているのだ。
 あれは、八重が上屋敷に上がって、ひと月ほど経った頃のことだったか。最初は八重を見ても襖の向こうに隠れて逃げ回ってばかりいた清冶郞が漸く慣れてきたばかりのときだった。
 ふと洩らした清冶郞の本音を痛ましいと思った八重だった―。
 八重が物想いに耽っていた時、往来の向こうからやって来る深編み笠を被った男が眼に入った。人並み外れた長身の男は、どうやら武士らしい。身に付けた羽織袴も上物で、どう見てもただ人ではなさそうな雰囲気だ。
 八重が知らずその男を見つめていると、傍らで清冶郞が焦れたように八重の袖を引っ張った。
「八重、聞いておるのか?」

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