天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第6章 撫子の君
「つまりは、それだけ清冶郞にとっては江戸見物が愉しかったということだ。のう、八重。清冶郞はそなたと共に見た江戸の町が愉しうて忘れられず、もう一度行きたいと思うたのであろうよ」
嘉亨は尚姫のことには触れず、そう言って穏やかに笑った。
「父上、父上ッ」
清冶郞がしきりに嘉亨を呼んでいる。
「ああ、父上も八重もひどいな。二人ともに話に夢中で、私の言うことなんかに耳も貸して下さらぬ。父上、ご覧下さいませ」
漸く父が自分の方を見たので、清冶郞は勇んで金魚を披露する。
「ホウ、金魚か」
嘉亨は眼を細め、眼を輝かせる息子と金魚を交互に眺めた。
「親子の金魚らしいので、対になるような名前がよろしいかと思いまして、みけとたまと名付けることに致しました」
得意満面の清冶郞に、嘉亨はさもおかしげに言う。
「みけとたまでは、何か金魚というよりは、猫のようではないか」
確かにそのとおりだと、八重も思う。
「そう申せば、上屋敷の奥向きでは、猫を飼っておる者もおろう。春日井の飼い猫は確か、何と申したか」
「虎姫でございます」
すかさず八重が横から言い添えると、嘉亨は声を上げて笑った。
「そうそう、大層な名前の付いた猫であった。家老の坂崎などは、藩主一族の飼う猫ならばともかく、使用人の飼い猫に姫とは、あまりに無礼千万と憤っておったが」
その話ならば、八重も知っている。春日井自身が笑いながら聞かせてくれたことがあるのだ。
嘉亨は尚姫のことには触れず、そう言って穏やかに笑った。
「父上、父上ッ」
清冶郞がしきりに嘉亨を呼んでいる。
「ああ、父上も八重もひどいな。二人ともに話に夢中で、私の言うことなんかに耳も貸して下さらぬ。父上、ご覧下さいませ」
漸く父が自分の方を見たので、清冶郞は勇んで金魚を披露する。
「ホウ、金魚か」
嘉亨は眼を細め、眼を輝かせる息子と金魚を交互に眺めた。
「親子の金魚らしいので、対になるような名前がよろしいかと思いまして、みけとたまと名付けることに致しました」
得意満面の清冶郞に、嘉亨はさもおかしげに言う。
「みけとたまでは、何か金魚というよりは、猫のようではないか」
確かにそのとおりだと、八重も思う。
「そう申せば、上屋敷の奥向きでは、猫を飼っておる者もおろう。春日井の飼い猫は確か、何と申したか」
「虎姫でございます」
すかさず八重が横から言い添えると、嘉亨は声を上げて笑った。
「そうそう、大層な名前の付いた猫であった。家老の坂崎などは、藩主一族の飼う猫ならばともかく、使用人の飼い猫に姫とは、あまりに無礼千万と憤っておったが」
その話ならば、八重も知っている。春日井自身が笑いながら聞かせてくれたことがあるのだ。