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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第6章 撫子の君

 清冶郞が何かを見つけたらしく、声を上げて走ってゆく。
「清冶郞さま、走ってはなりま―」
 走って転んだら一大事と止めようとした八重の肩を、そっと嘉亨が掴んだ。
「今日だけは、好きなようにさせてやれ」
「―」
 見上げる八重に、嘉亨は笑った。
「いつも屋敷内に閉じこもってばかりの子だ。今度はいつこのようにお忍びで出かけられるかは判らぬ。せめて今は、あの子の思うがままらさせてやってくれぬか」
 懇願にも似た響きのある科白だった。
 八重は自分の思慮のなさを恥じた。
「申し訳ございませぬ」
 頬を赤らめる八重に嘉亨は眩しげな視線を向ける。
「そなたの立場であれば、当然のことだ」
 嘉亨がそう言った時、清冶郞が向こうから手を振った。
「父上、ご覧下さいませ。凄い」
 数歩先に立った清冶郞の前に店をひろげているのは、飴売りであった。鼈甲細工の飴がが藁束に刺さっている。鶴や
人形、小鳥を象った様々な形
をした飴が並んでいた。
「どれ、何が欲しい? 一つ買ってやろう」
 嘉亨の言葉に、清冶郞はすかさず 
〝これ〟と指した。清冶郞が選んだ
のは小鳥の形をした飴だ。
「清冶郞は小鳥が良いのか」
 嘉亨が言うと、清冶郞の頭がこっくりした。
「小鳥は羽根がございますゆえ、自在に思うがまま思う場所に飛んでゆけます」
 その言葉に、八重は胸を衝かれる。

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