テキストサイズ

天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第6章 撫子の君

 その刹那、うち沈む八重の耳を清冶郞のあどけない声が打った。
「母上さまが再嫁されるというのは本当なのでございますか?」
 突如として闖入してきた尚姫の存在に、八重は一瞬、息を呑む。
 嘉亨は静かな声音で語った。
「ああ、本当だ」
「再嫁されるということは、別の家の方になるということにございますね」
「そうだな。そなたの母は、父ではない別の人の妻となる。そういうことだ。だが、清冶郞、たとえ他家に嫁いだとしても、母は未来永劫、そなたの母であることに変わりはない。それゆえ、これからの母上の幸せを祈って差し上げなさい」
「はい」
 清冶郞は健気に頷く。
 嘉亨が清冶郞を抱き寄せた。
 ややあって、清冶郞が父を見上げて訊ねる。
「他家の方になられたら、母上は私のことを忘れておしまいになるのでしょうか」
 八重は固唾を呑んで、なりゆきを見守った。
 この問いに関しては、果たして嘉亨がいかに応えるのか大いに不安があった。
 嘉亨はしばらく、無言であった。
 眉根を寄せた辛そうな表情に、八重の心までもが痛む。
 嘉亨はしゃがみ込み、清冶郞と同じ眼線の高さになった。息子の眼を見ながら、嘉亨はゆっくりと噛んで含めるように言い聞かせる。
「清冶郞、先ほども申したように、母上はたとえどこに行っても、そなたの母だ。そなたが母上を慕っている限り、母上もまたそなたのことを忘れはすまい。この世に我が子を可愛く思わぬ親などおらぬ」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ