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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第6章 撫子の君

 果たして、あの尚姫という女人に関しては、世の並の親のような情愛を期待して良いものかどうかは判らなかったけれど―、図らずも嘉亨は清冶郞の問いに対して、八重と同じ応えを返したのだった。
 この世に我が子を可愛く思わぬ親などおらぬ。それは嘉亨自身の父としての気持ちであり、また、彼の再嫁する尚姫への儚い期待でもあったのだろう。
 清冶郞は父の言葉に、大きな瞳に涙を浮かべて頷いた。
 八重は、そんな二人の姿に滲んだ涙をそっと指でぬぐった。
「どれ、いかほど重たくなったかな。父が背負うてやろう」
 嘉亨が背を向けると、清冶郞はやや躊躇ったものの、すぐに大人しく嘉亨の背中に負われた。
「うん、大分大きうなったの」
 嘉亨は清冶郞を背負う。
 と、背中でしゃくり上げる声が聞こえた。
 清冶郞が泣いているのだ。泣き声を洩らすまいと、父の背中に顔を押しつけてむせび泣いている。
 嘉亨は、背中の清冶郞をあやすように大きく揺すり上げた。
「のう、清冶郞。男は強うあらねばならぬが、時には泣いても良いのだぞ。この父の前でだけは、泣きたいときには思う存分に泣けば良い」
 清冶郞は生まれながらの嫡子だ。跡継として育てられていれば、どんなに哀しいときでも耐える覚悟もできているのか。それでも八重の中で、予期せぬ心中事件で父を喪った哀しみが癒えていないように、清冶郞もまた哀しみの底にいるかもしれない。
 嘉亨は、今、まさにこの瞬間、清冶郞の哀しみを父として両腕で受け止めているのだ。
 嘉亨は、そのまま川辺に佇んでいる。

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