テキストサイズ

天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月

「まぁ、良い。いつも私の守りばかりでは八重も疲れるだろうからな」
 と、これはいつもの清冶郞らしからぬ皮肉げな物言いをすると、清冶郞はプイと八重に背を向けた。
 その時、襖の向こう側から控えめな声がかかった。
「若君さま、神納(かのう)先生がお見えにございます」
 清冶郞の学問の師神納(かのう)甚(じん)左(ざ)衛門(えもん)の来訪を別の腰元が告げにきたのだ。
「判った、すぐに参る」
 清冶郞は応えると、立ち上がった。
 八重の方は振り向きもせずに、袴の裾を蹴立てるように部屋を出てゆく。
「行ってらっしゃいませ」
 八重は平伏して見送りながら、小さな吐息を零した。
 八重は木檜藩の上屋敷に奉公する奥女中である。木檜藩は三万石を領し、当代の藩主嘉亨は二十九歳、嫡子清冶郞とよく似た面差しの端整で物静かな青年だ。
 八重は元々、清冶郞の遊び兼話し相手役ということで採用された。最初は人見知りも烈しく懐こうとしなかった清冶郞だが、ひと月ほど経つ頃には八重に心を開き、すっかり心を許した。
 上屋敷の奥向きを取り締まる老女春日井から聞かされた話では、清冶郞は病弱なだけでなく、不治の難病を患っている。医師の診立てでは十歳まで生きられるかどうかというほどの危うい状況である。そのため、清冶郞は物心つく前から外遊びも許されず、屋敷内の中で真綿でくるむようにして育てられてきた。
 八重は春日井に

ストーリーメニュー

TOPTOPへ