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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月

 清冶郞は八重を将来の妻にと本気で考えている。清冶郞には母親がいない。清冶郞の生母は前(さきの)正室尚姫、老中水野忠篤の妹だが、嘉亨とは結婚三年で破局、離別して実家に帰っていた。尚姫は昨年の暮れ、京の権中納言三条兼道に再嫁している。
 清冶郞は母親に対する憧憬を年上の八重への思慕と混同しているにすぎないのではないか。八重は実のところ、そう考えている。清冶郞の中で、八重は母親のような役目を果たしているに違いない。母親の愛情を与えられなかった清冶郞が身近にいる年上の八重をそのように見るのは当然のことだ。
 何と、あろうことか、八重は清冶郞の父嘉亨からも求愛を受けていた。去年の夏の終わり、清冶郞が突然、上屋敷から姿を消すという事件が起こり、屋敷中が騒然となった。実はその前日、尚姫が暇乞いに清冶郞を訪れ、四年ぶりの母子の対面が叶った。
 だが、それは清冶郞が思い描いていた母との再会ではなく、清冶郞は終始冷淡な尚姫の態度に少なからず衝撃を受けたようであった。清冶郞が黙って上屋敷を抜け出したその背景には、単に江戸の町に出たかったというだけではなく、現実から逃れたいという逃避願望もあったに相違ない。
 八重はその折、清冶郞を探して江戸の町に出た。漸く清冶郞を見つけ出した八重の前にやはり息子の行方を案じてお忍びで町に出ていた嘉亨が現れた。
―そなたが好きだ。
 見許で囁かれ、報われることのないと諦めていた八重の片想いが実ったのであった。
 不安を抱えて上屋敷に上がってから一年、八重は武家の世界にも少しずつ馴染み、清冶郞とも上手くいっていた。

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