天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月
だが。
嘉亨との関係が近くなればなるほど、肝心の清冶郞とは離れてゆくような気がしてならない。想いを打ち明けられたからといって格別に何が変わったというわけでもなかったのだが、今年になってから、何を思ったか、嘉亨は庭を散策する際の伴を言いつけるようになった。
清冶郞の態度が微妙に変化したのは、その頃からのことだ。好きだと直截に告白されたにも拘わらず、嘉亨がそれ以上、八重に対して踏み込んでくることはなかった。清冶郞の許を訪れても、相変わらず八重への態度は淡々としていたし、二人きりになることさえなかったのだ。
それなのに、清冶郞が学問の時間になると、嘉亨が現れ、庭をそぞろ歩きするその伴を仰せつかるようになった。清冶郞の許には数日に一度は学者神納甚左衛門が訪れ、一刻余りに渡って学問の時間が設けられている。甚左衛門は国許でその名を知られた儒学者であったが、特に嫡子の教育を任され、江戸に出できたのである。
まだ三十代と比較的若いが、博識なだけではなく恬淡として鷹揚な人柄を嘉亨も高く評価しており、大切な息子の教育係を任せるに値する人物と見込んでいた。
むろん、清冶郞に事の次第をわざわざ報告する者がいるとは限らないが、同じ屋敷内のこととて、知らぬはずがない。清冶郞は生来、聡い少年だ。自分が表の座敷で甚左衛門からの講義を受けている間、八重と嘉亨が何をしているかはとっくに承知だろう。
かといって、八重の方から清冶郞に嘉亨とのことを話すというのも不自然で、結局、何も話せぬまま刻だけが過ぎていっているという状態であった。
嘉亨との関係が近くなればなるほど、肝心の清冶郞とは離れてゆくような気がしてならない。想いを打ち明けられたからといって格別に何が変わったというわけでもなかったのだが、今年になってから、何を思ったか、嘉亨は庭を散策する際の伴を言いつけるようになった。
清冶郞の態度が微妙に変化したのは、その頃からのことだ。好きだと直截に告白されたにも拘わらず、嘉亨がそれ以上、八重に対して踏み込んでくることはなかった。清冶郞の許を訪れても、相変わらず八重への態度は淡々としていたし、二人きりになることさえなかったのだ。
それなのに、清冶郞が学問の時間になると、嘉亨が現れ、庭をそぞろ歩きするその伴を仰せつかるようになった。清冶郞の許には数日に一度は学者神納甚左衛門が訪れ、一刻余りに渡って学問の時間が設けられている。甚左衛門は国許でその名を知られた儒学者であったが、特に嫡子の教育を任され、江戸に出できたのである。
まだ三十代と比較的若いが、博識なだけではなく恬淡として鷹揚な人柄を嘉亨も高く評価しており、大切な息子の教育係を任せるに値する人物と見込んでいた。
むろん、清冶郞に事の次第をわざわざ報告する者がいるとは限らないが、同じ屋敷内のこととて、知らぬはずがない。清冶郞は生来、聡い少年だ。自分が表の座敷で甚左衛門からの講義を受けている間、八重と嘉亨が何をしているかはとっくに承知だろう。
かといって、八重の方から清冶郞に嘉亨とのことを話すというのも不自然で、結局、何も話せぬまま刻だけが過ぎていっているという状態であった。