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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月

 清冶郞と入れ替わるように嘉亨がやってくる。それもいつものことで、八重は手を付いて嘉亨を迎え入れる。庭に降りた嘉亨の後に付き従って、八重も靴脱石に置いた草履を突っかけた。案の定、向かった先は蓮池のほとりであった。
 初夏の今、蓮池の蓮は満開を迎えていて、桃色の花が水面を埋め尽くすように浮かんでいる。ここのところ、八重と嘉亨がひとときを過ごす場所は、ここに限られている。
 実のところ、つい先刻も物想いに耽っていて清冶郞の話をろくに聞いていなかったのは、この前、嘉亨とここで過ごしたときのことを思い出していたからである。
 二人は汀に佇み、静かに睡蓮を眺めた。
 いつものことだ。特に何を話すというでもなく、ただ黙って庭を見つめているだけ。もっとも、八重はそう思っているけれど、知らぬ者が傍から見れば、いかにも仲睦まじげに寄り添っているようにしか見えないだろう。
 黙り込んでいても、その沈黙が居心地の悪いものには思えない。むしろ、心地良い静けさの中に身を置いているようにさえ思える。
 池の面に陽差しが反射して、まばゆい。
 水無月の陽光に眼を細める嘉亨の傍らで、八重はひっそりと立っていた。
 今日の八重は源氏車(御所車)を大胆に織り出した小袖を身に纏っている。地色は涼しげな水色で、裾にゆくに従って、濃淡がはっきりとしてくる染めだ。帯は有磯(ありいそ)文。波間を躍る鯉の姿を表した文様で、〝あらいそ〟とも読む。名物裂に見られる有名な柄で、緞子や金襴・銀欄に織り出されることが多い。八重の締めた帯は紫で、全体に有磯文様が散っている。
 全体的にやや抑え目な感じではあるが、地味な作りがかえって八重の若々しさ、匂いやかさを際立たせている。
 時折、頭上で鳥の声が聞こえる。

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