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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月

 その他には時折、紫陽花が繁みを揺らす音くらいしか聞こえない静寂の世界。
「―静かだな」
 唐突に、嘉亨が静けさを破る。
 嘉亨は普段から口数が少ない。
 珍しいことに、八重は眼を見開き、嘉亨を見つめた。
「不思議だ。そなたとこうしていると、もう何年も共に過ごしていたような気になってくる」
 嘉亨と初めてめぐり逢ったのも、この蓮池のほとりであった。あの時、八重は清冶郞の伴をしてここにいた。この世にこれほど美しい男がいるのだろうかと思わず我が眼を疑ってしまったほど、嘉亨はきれいだった。思えば、深くて澄んだまなざしには、あの初めての一瞬で魅了されてしまったのだ。
 あれからそろそろ一年が過ぎようとしている。ここは、いわば、二人にとって想い出の場所だった。
「そなたとここで出逢って、確か一年になるか」
 偶然にも嘉亨も八重と同様、出逢いのことを思い出していたらしい。
 何げなく呟き、八重の方を向いた。
 爽やかな風が水面を吹き渡る。薄紅や純白の大輪の花が一斉に揺れた。雲一つない晴れ上がった空に咲き誇る花は何とも涼やかな眺めた。
 江戸は既に数日前に梅雨入りしていたが、今年は雨が少なく、晴れ間が多かった。その分、蓮池の傍らにひろがる紫陽花は、いささか色褪せて元気がない。
「白い花が一天四海でございましたか。薄紅の方が確か毎葉蓮。一天四海の方は私も存じておりましたが、毎葉蓮は初めて耳に致した名でございます。大変珍しいものだとお見受けしたのを昨日の事のように憶えております」

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