
天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月
八重が控えめに言うと、嘉亨は笑って頷いた。
「そういえば、そのようなことを知ったかぶりで申したこともあった。あれは、敬行(けいぎよう)院さまからの受け売りで、実は、私も蓮についてはあまり詳しうはないのだ。今ゆえ申すが、あのときは、そなたに良いところを見せようと、あれで必死であったのだぞ」
敬行院は先代藩主の正室で、嘉亨には義母に当たる女性である。この蓮池を作らせたのもその敬行院であった。
丁度一年前、清冶郞の病平癒のため庭の社(やしろ)に詣でていた八重に、嘉亨が傘を差し掛けてくれた。誘われるままに庭の茶室清月庵で雨宿りをした八重に、嘉亨がふと囁いた科白を八重はいまだに忘れることはない。
―私が清冶郞からそなたを奪うと申したら、そなたはいかがする?
それは、あまりにも衝撃的なものだった。
「私は今、幸せだ」
そのときのことを思い出していた八重の耳を、嘉亨の意外な言葉が打った。
「もう二度と人を愛することなどないと思うておったが、そなたに出逢えた。八重、私と一緒になってはくれぬか」
八重はハッとして、嘉亨を見た。
漆黒の瞳がじいっとこちらを見ている。
「私とそなただけでなく、清冶郞も共に三人で新しい家族を作ってゆかぬか? この幸せをいっときのものではなく、長く続くものにしたいと、私は近頃とみに思うようになったのだ。もう一度だけ、人を信じ幸せというものを夢見てみたいと思うようになった」
それは、まさに夢にまで見た瞬間であったといえよう。初めて逢った瞬間から、惹かれ、一途に恋い慕った男からの求婚であった。
しかも、相手は三万石の大名であり、到底身分違いだと諦めていたひとなのだ。
しかし、何かが引っかかる。
「そういえば、そのようなことを知ったかぶりで申したこともあった。あれは、敬行(けいぎよう)院さまからの受け売りで、実は、私も蓮についてはあまり詳しうはないのだ。今ゆえ申すが、あのときは、そなたに良いところを見せようと、あれで必死であったのだぞ」
敬行院は先代藩主の正室で、嘉亨には義母に当たる女性である。この蓮池を作らせたのもその敬行院であった。
丁度一年前、清冶郞の病平癒のため庭の社(やしろ)に詣でていた八重に、嘉亨が傘を差し掛けてくれた。誘われるままに庭の茶室清月庵で雨宿りをした八重に、嘉亨がふと囁いた科白を八重はいまだに忘れることはない。
―私が清冶郞からそなたを奪うと申したら、そなたはいかがする?
それは、あまりにも衝撃的なものだった。
「私は今、幸せだ」
そのときのことを思い出していた八重の耳を、嘉亨の意外な言葉が打った。
「もう二度と人を愛することなどないと思うておったが、そなたに出逢えた。八重、私と一緒になってはくれぬか」
八重はハッとして、嘉亨を見た。
漆黒の瞳がじいっとこちらを見ている。
「私とそなただけでなく、清冶郞も共に三人で新しい家族を作ってゆかぬか? この幸せをいっときのものではなく、長く続くものにしたいと、私は近頃とみに思うようになったのだ。もう一度だけ、人を信じ幸せというものを夢見てみたいと思うようになった」
それは、まさに夢にまで見た瞬間であったといえよう。初めて逢った瞬間から、惹かれ、一途に恋い慕った男からの求婚であった。
しかも、相手は三万石の大名であり、到底身分違いだと諦めていたひとなのだ。
しかし、何かが引っかかる。
