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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月

 よもや厄介払いで勧められたその話が、思いも掛けぬ出逢いをもたらすとは考えだにしていなかった八重であった。
 嘉亨が八重の身の上についていかほど知っているのかは定かではないが、八重は天涯孤独であり、そのゆく末について案じてくれる人は誰もいない。むろん相談すべき人とていないのだ。
「私などのような者に、勿体なきお話にございます」
 八重がやっとの想いで紡ぎ出したのは、この場合、無難な返答であった。
 しかし、嘉亨にはかえって心外だったらしい。いつになく強い口調で続けた。
「そのような型どおりの応えなど要らぬ。私が聞きたいのは、そなたの真の気持ちだ。それとも、そなたは、私を嫌いか? 顔を見るのも厭なほど嫌うておるか」
「―」
 八重はしばらくうつむいていたが、やがて、か細い声で言った。
「私の真の気持ちを申し上げるなら、八重は嬉しうございます。一年前、ここで初めてお逢いしてから、八重も殿を―ずっとお慕い申し上げておりました。さりながら、私は先の奥方さまと異なり、下賤の身にございます。父は吉原の花魁と相対死にを遂げ、実家の店はとうに畳みました。帰ろうにも、どこにも行き場のないような者なのです。殿のお言葉は嬉しうはございますが、木檜家の奥方として相応しいとは到底思えませぬ」

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