天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月
そのときである。
清冶郞がつと箸を止め、八重を見た。
「八重、そのように気を遣うことはない。見ておれば、先刻からそなたが一人、喋っておるではないか。父上は、私と共に水入らずの刻を過ごしたいと思うておいでになったわけではない。父上が共に過ごしたいと思し召さしたのは、私ではなく八重の方だろう」
「清冶郞!」
流石に嘉亨の眉がつり上がった。平素から息子に対してはどこまでも甘い嘉亨がこのように声を荒げるのは極めて稀有なことである。
しかし、清冶郞は平然と言い放つ。
「真のことではございませぬか。父上も大人げない。八重と二人きりでお過ごしになりたいのであれば、堂々とそうなさればよろしいのです。父上は当家のご当主でおわしますゆえ、父上がたかたが腰元一人を思うがままにになさろうと、誰も異を唱える者はおりませんでしょう」
刹那、八重は自分の顔色が変わったのを自覚した。まるで身体中の血が逆流したかのような衝撃だ。
―清冶郞さまは今、何と仰せになった?
私のことを、たかだか腰元一人と―。
他の誰でもない、姉のように心から慕っていた若君だからこそ、そのような侮蔑的な言葉を聞かされるとは思わなかった。清冶郞は主筋の立場の人間だから、たとえ清冶郞が八重をそのように見ていたとしても当然なのに、八重は自分でも想像以上の打撃を受けていた。
私ったら、一体、清冶郞さまに何を期待していたのだろう。幾ら懐いてくるとはいっても、八重は所詮奉公人にすぎず、清冶郞からすれば〝たかだか腰元〟で、いつ何時でも切り捨てもできるし、好きなような扱える物同然の存在にすぎないのに。
清冶郞がつと箸を止め、八重を見た。
「八重、そのように気を遣うことはない。見ておれば、先刻からそなたが一人、喋っておるではないか。父上は、私と共に水入らずの刻を過ごしたいと思うておいでになったわけではない。父上が共に過ごしたいと思し召さしたのは、私ではなく八重の方だろう」
「清冶郞!」
流石に嘉亨の眉がつり上がった。平素から息子に対してはどこまでも甘い嘉亨がこのように声を荒げるのは極めて稀有なことである。
しかし、清冶郞は平然と言い放つ。
「真のことではございませぬか。父上も大人げない。八重と二人きりでお過ごしになりたいのであれば、堂々とそうなさればよろしいのです。父上は当家のご当主でおわしますゆえ、父上がたかたが腰元一人を思うがままにになさろうと、誰も異を唱える者はおりませんでしょう」
刹那、八重は自分の顔色が変わったのを自覚した。まるで身体中の血が逆流したかのような衝撃だ。
―清冶郞さまは今、何と仰せになった?
私のことを、たかだか腰元一人と―。
他の誰でもない、姉のように心から慕っていた若君だからこそ、そのような侮蔑的な言葉を聞かされるとは思わなかった。清冶郞は主筋の立場の人間だから、たとえ清冶郞が八重をそのように見ていたとしても当然なのに、八重は自分でも想像以上の打撃を受けていた。
私ったら、一体、清冶郞さまに何を期待していたのだろう。幾ら懐いてくるとはいっても、八重は所詮奉公人にすぎず、清冶郞からすれば〝たかだか腰元〟で、いつ何時でも切り捨てもできるし、好きなような扱える物同然の存在にすぎないのに。