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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月

 ましてや、嘉亨は清冶郞の大好きな父であり、八重は姉とも慕うお気に入りの腰元であった。清冶郞にとって近しい間柄の二人が清冶郞に何も告げずに二人きりだけで時を過ごしてばかりいると知ったら、あまり面白くはないし、その間に二人で何をしているのかと勘繰りたくもなるだろう。
 秘密にするから、余計に何をしているのかと疑心安疑になってしまうのは致し方ない。
 今回の一件は、清冶郞に何も話そうとしなかったことにも原因はある―と八重は冷静に分析していた。しかし、嘉亨の立場にしてみれば、清冶郞が八重を真剣に想っていると知ればこそ、息子の想い人を妻に云々などとは言い出せないのだろう。
 嘉亨の苦衷も判るだけに、八重は余計に心が沈んだ。八重にとっては、嘉亨も清冶郞も二人共に大切な存在なのだ。なのに、自分が原因で仲睦まじい父と息子の間に溝ができてしまったとなれば、消えてしまいたいほど申し訳なく、やるせなかった。
 八重はただ泣きじゃくる清冶郞を抱きしめてやることしかできない。八重の胸に顔を埋(うず)め、清冶郞はいつまでも泣いていた。

 丁度、同じ頃。
 奥向きの春日井の部屋では、嘉亨が不機嫌な表情でむっつりと座り込んでいた。
「それにしても、お珍しいこともあるものにございますなぁ。殿がそのように取り乱されることなぞ、この木檜藩始まって以来の珍事にございます」
「春日井、そなた、一体幾つにあいなる。幾ら、そなたが歳ふりておるからとて、木檜藩の初代さま忍徳院さまの御世と申せば、はるか百年以上も前のことになる。そなたが生きておるはずもあるまい」
 にこりとせずに生真面目に応える嘉亨に、春日井は婉然と微笑む。

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