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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月

はい、春日井は今年、四十八にあいなりましてございます」
 と、こちらもしれっと応えるから、やはりそこは母子さながらの乳母とその乳母の育てた主君といったところか。
 春日井はしばらく嘉亨を無表情に見つめていたかと思うと、ふっと笑った。
「何がおかしい」
 嘉亨は更にご機嫌斜めになる。こういったところは、八重に向かって〝子ども扱いするな〟とむくれる清冶郞そっくりだ。
「いえ、申し訳もございませぬ。さりながら、殿、今回のことは殿のなさり様が少し手緩(てぬる)すぎたのでは?」
 普通ならまず口にはではない科白だが、嘉亨を襁褓の頃から腕に抱き我が乳を含ませて育て上げた春日井だからこそ許されるのだ。
「なに、私のやり方が手緩いとは、それは、どういう意味だ?」
 あからさまに批判され、嘉亨は面白くなさそうである。
 春日井は大仰に嘆息した。それも、今の嘉亨には〝そんなことも判らないのか〟と言われているようで、わざとらしく映り、腹立たしい。
「八重のことにございますよ。清冶郞君には、まずきちんと事の次第をお話なさるべきではなかったのではございますまいか」
「―」
 嘉亨が口をへの字に曲げる。
 そんな嘉亨を春日井はさもおかしそうに見つめ、ホホと笑って口許に手を当てた。
「人は知らなければ、余計に不安になるものにございます。大体、殿が八重とお庭を散策なさっておられることをこの屋敷内で知らぬ者はございませぬよ。八重が殿のお気に入りであることも既に皆、存じ上げておりまする」
「そう、なのか」
 嘉亨がやや当惑するのに、春日井は笑った。

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