天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月
「殿、先ほどのことにつきましては、、この春日井、衷心から申し上げておりまする」
ひとたびは背を向けた嘉亨がふと振り向いた。
「いつまでもこのままというわけにもゆくまい。近い中に、折を見て清冶郞には八重とのことを話すつもりだ」
「それがよろしうございます。清冶郞君も武門のお家にお育ちあそばされた若君さまなれば、たとえ一時はお辛くとも、必ずやお乗り越えあそばされるご試練かと存じます。ご家老の坂崎どの初め、ご重臣方も皆、一日も早い殿の次の御子さまのご誕生をお待ち申し上げておるのでございますから」
世継である清冶郞が長からぬ生命であることは、口には出さない。―出さずとも、誰もが暗黙の中に覚悟はしている事実であった。
むろん、清冶郞がつつがなく成長することこそが望ましい。しかし、万が一の不幸が起こった時、今のままでは嘉亨の血を引く若君が一人としていなくなってしまう。嘉亨が健在の中はそれでも良いが、嘉亨にまで何かあれば、最悪の場合、お家はお取り潰し、木檜藩はなくなってしまうのだ。
そうやって、跡継がおらずお取り潰しになった家を嘉亨も春日井もこれまであまた見てきた。木檜藩は外様であり、関ヶ原の役以降、徳川方に臣従を誓った家柄である。譜代ならばまだしも、外様の小藩にすぎぬ木檜藩一つを取り潰すなど、幕府は何とも思ってはいないだろう。
事は藩主やその一族の問題だけではない。木檜藩に住む領民や、嘉亨に仕える家臣、藩士たちの生死にも拘わってくる大きな問題だ。主家が滅びれば、仕える家臣たちは皆、禄を失い浪人となる憂き目を逃れ得ない。そのようなことを避けるためにも、嘉亨は自分の意思と関わりなく、妻妾を持ち、子をなす務めがあった。
ひとたびは背を向けた嘉亨がふと振り向いた。
「いつまでもこのままというわけにもゆくまい。近い中に、折を見て清冶郞には八重とのことを話すつもりだ」
「それがよろしうございます。清冶郞君も武門のお家にお育ちあそばされた若君さまなれば、たとえ一時はお辛くとも、必ずやお乗り越えあそばされるご試練かと存じます。ご家老の坂崎どの初め、ご重臣方も皆、一日も早い殿の次の御子さまのご誕生をお待ち申し上げておるのでございますから」
世継である清冶郞が長からぬ生命であることは、口には出さない。―出さずとも、誰もが暗黙の中に覚悟はしている事実であった。
むろん、清冶郞がつつがなく成長することこそが望ましい。しかし、万が一の不幸が起こった時、今のままでは嘉亨の血を引く若君が一人としていなくなってしまう。嘉亨が健在の中はそれでも良いが、嘉亨にまで何かあれば、最悪の場合、お家はお取り潰し、木檜藩はなくなってしまうのだ。
そうやって、跡継がおらずお取り潰しになった家を嘉亨も春日井もこれまであまた見てきた。木檜藩は外様であり、関ヶ原の役以降、徳川方に臣従を誓った家柄である。譜代ならばまだしも、外様の小藩にすぎぬ木檜藩一つを取り潰すなど、幕府は何とも思ってはいないだろう。
事は藩主やその一族の問題だけではない。木檜藩に住む領民や、嘉亨に仕える家臣、藩士たちの生死にも拘わってくる大きな問題だ。主家が滅びれば、仕える家臣たちは皆、禄を失い浪人となる憂き目を逃れ得ない。そのようなことを避けるためにも、嘉亨は自分の意思と関わりなく、妻妾を持ち、子をなす務めがあった。