天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第7章 第三話〝凌霄花(のうぜんかずら)〟・蜜月
「―春日井」
嘉亨が呼ぶと、春日井が眼を見開く。
「いかがなされましたか?」
「少し痩せたのではないか?」
いきなり自分を気遣う言葉を発した嘉亨を、春日井は少し愕いたような顔で見つめた。
少しの後、やわらかく微笑む。
「私は大丈夫でございますよ。殿の御子さまが山ほどもおできるになるのを見るまでは石に囓りついても生きておるつもりにございます。それよりも、殿の方こそ御気色が思わしうないのではございませぬか?」
逆に嘉亨の健康を案ずる春日井であった。
嘉亨にとって、春日井は母も同然の存在だ。春日井は代々木檜家に仕えてきた譜代の重臣の家に生まれ、また自身も同じ家臣に嫁いだ。嘉亨の乳母となったのは、春日井が二人めの子を生んで半年ほど経った頃のことだった。
春日井は二人の幼子を婚家に置いて、単身、乳母として奉公に上がったのである。幼時に病死した生母よりも春日井の方に懐いていた嘉亨であった。こうまで直截に切り込んだ物言いをしてくるのも、春日井ならばこそである。つまりは、春日井がそれだけ嘉亨を案じているという証でもあった。
「いや、多分、今の私の気持ちのせいだろう。春日井、予は清冶郞を殴ってしもうた。殴ったときには、あの子が病であることも何もかも忘れ果てていた。これでは父親失格だな」
「それは、それは。さようにございますか、殿が清冶郞君をお殴りに」
春日井は眼をまたたかせ、幾度か頷いた。
「殿、それは良きことをなさいました」
「―良きこと?」
今度は嘉亨が愕いたように春日井を見つめる。
嘉亨が呼ぶと、春日井が眼を見開く。
「いかがなされましたか?」
「少し痩せたのではないか?」
いきなり自分を気遣う言葉を発した嘉亨を、春日井は少し愕いたような顔で見つめた。
少しの後、やわらかく微笑む。
「私は大丈夫でございますよ。殿の御子さまが山ほどもおできるになるのを見るまでは石に囓りついても生きておるつもりにございます。それよりも、殿の方こそ御気色が思わしうないのではございませぬか?」
逆に嘉亨の健康を案ずる春日井であった。
嘉亨にとって、春日井は母も同然の存在だ。春日井は代々木檜家に仕えてきた譜代の重臣の家に生まれ、また自身も同じ家臣に嫁いだ。嘉亨の乳母となったのは、春日井が二人めの子を生んで半年ほど経った頃のことだった。
春日井は二人の幼子を婚家に置いて、単身、乳母として奉公に上がったのである。幼時に病死した生母よりも春日井の方に懐いていた嘉亨であった。こうまで直截に切り込んだ物言いをしてくるのも、春日井ならばこそである。つまりは、春日井がそれだけ嘉亨を案じているという証でもあった。
「いや、多分、今の私の気持ちのせいだろう。春日井、予は清冶郞を殴ってしもうた。殴ったときには、あの子が病であることも何もかも忘れ果てていた。これでは父親失格だな」
「それは、それは。さようにございますか、殿が清冶郞君をお殴りに」
春日井は眼をまたたかせ、幾度か頷いた。
「殿、それは良きことをなさいました」
「―良きこと?」
今度は嘉亨が愕いたように春日井を見つめる。