天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第9章 祝言
祝言
はるか頭上で鳥の声が響き渡った。ふと空を仰ぎ見れば、天空高く白い鳥が旋回している。あれは、何の鳥だろうか。
八重はしばらく鳥のゆく方を視線で追っていたが、やがて、うつむくと歩き出した。
ここは随明寺、黄檗宗の名刹であり、和泉橋町の一角、つまり閑静な武家屋敷町の片隅にある。開創は浄徳大和尚であり、浄徳は京都宇治に万福寺を開いた隠元隆琦の高弟の一人だ。
あまりにも長くて勾配のきついことから通称〝息(いき)継(つぎ)坂〟と呼ばれる長い石段を昇ると、小さな山門に至る。〝天如心〟と書かれた額が掲げられているが、これは開祖の浄徳自らが筆を取ったものと伝えられていた。朝廷から授与される大師号や紫衣さえ辞退した和尚は、一生を市井で生き布教に捧げた人である。
文字どおり、天のごとき心を持ち、熱心に教化・救済活動に当たった。その豪放磊落な人柄を表すかのごとく、額の手蹟も勇壮で伸びやかである。
山門をくぐり抜け、金堂、次いで大師堂でまず手を合わせ、三重ノ塔を横目に見ながら、奥へと進む。広大な境内地には更にその先には絵馬堂、最奥部には浄徳を祀る奥ノ院、その傍らには〝大池〟と呼び習わされる人工の池がある。大池のほとりに沿って桜並木があり、春には江戸の名所図絵にも載るほどの見事な眺めを呈する。
また、ここは楓も植わっていて、秋には紅葉狩りも愉しめた。
月に一度の縁日市、春の花見時分以外は至って森閑として参詣客もまばらである。唯一の例外は秋の浄徳大和尚の命日に開催される大祭で、これは月に一度の縁日市を大がかりにしたものだ。
はるか頭上で鳥の声が響き渡った。ふと空を仰ぎ見れば、天空高く白い鳥が旋回している。あれは、何の鳥だろうか。
八重はしばらく鳥のゆく方を視線で追っていたが、やがて、うつむくと歩き出した。
ここは随明寺、黄檗宗の名刹であり、和泉橋町の一角、つまり閑静な武家屋敷町の片隅にある。開創は浄徳大和尚であり、浄徳は京都宇治に万福寺を開いた隠元隆琦の高弟の一人だ。
あまりにも長くて勾配のきついことから通称〝息(いき)継(つぎ)坂〟と呼ばれる長い石段を昇ると、小さな山門に至る。〝天如心〟と書かれた額が掲げられているが、これは開祖の浄徳自らが筆を取ったものと伝えられていた。朝廷から授与される大師号や紫衣さえ辞退した和尚は、一生を市井で生き布教に捧げた人である。
文字どおり、天のごとき心を持ち、熱心に教化・救済活動に当たった。その豪放磊落な人柄を表すかのごとく、額の手蹟も勇壮で伸びやかである。
山門をくぐり抜け、金堂、次いで大師堂でまず手を合わせ、三重ノ塔を横目に見ながら、奥へと進む。広大な境内地には更にその先には絵馬堂、最奥部には浄徳を祀る奥ノ院、その傍らには〝大池〟と呼び習わされる人工の池がある。大池のほとりに沿って桜並木があり、春には江戸の名所図絵にも載るほどの見事な眺めを呈する。
また、ここは楓も植わっていて、秋には紅葉狩りも愉しめた。
月に一度の縁日市、春の花見時分以外は至って森閑として参詣客もまばらである。唯一の例外は秋の浄徳大和尚の命日に開催される大祭で、これは月に一度の縁日市を大がかりにしたものだ。