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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第9章 祝言

何を祀った社かは知らねど、巷では恋愛・縁結びにご利益のある神さまとして知られている。ここは昼間でも人気がなく閑散としていることから、若い男女、或いは人眼を忍ぶ仲の恋人たちの逢瀬の場所としても名高い。実際、時としてここを通る時、御堂の前で寄り添い合う男女を見かけることがある。
 そんなときは、見て見ないふりをして、そそくさと通り過ぎるのが常であった。
 今日は幸いにも、御堂の前に人影はない。
 八重は心のどこかでホッとしながら、その横を通り過ぎようとした。
 御堂から少し離れた場所に、朱色の花が咲いていた。御堂の脇には小さな衝立のようなものが立っていて、そこに正面扉には掛けきれない絵馬を奉納するようになっている。早くいえば絵馬掛けだ。
 その絵馬掛けの柱に纏いつくようにして伸びているのは、紛れもなく凌霄花の蔓であった。目立つ色の花なので、少し遠方からでも難なく判った。普段から大切に手入れしているおさんの庭のものには及ぶべくもないけれど、野生化した花はまたそれで庭に咲く花とは違う野趣があるようだ。
 長く伸びた蔓には、花が幾つか咲いている。
 八重は昨日のおさんの話を思い出しながら、そっと絵馬堂に近付いた。
 昨日の今日ゆえ、これまでのように凌霄花に悪い印象は感じなかった。むしろ、ぐっと親しみやすく身近なものに感じられるようになったことに、八重自身愕いた。
―あたしは、この花が好きさ。だって、素直じゃないか。あたしゃア、あの花を見てると、いじらしくなるよ。惚れた男に縋り、寄り添って生きてゆく可愛い女を見てるようでねぇ。
 おさんの言葉が耳奥でありありと甦る。
 でも、私は駄目。どうしても、どこまでいっても素直になれそうにもないもの。
 八重は心の中で呟いた。

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