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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第9章 祝言

 それからひと月後、八重と木檜嘉亨との間で正式に婚約が成立、結納が取り交わされた。婚約に先立ち、八重は江戸家老坂崎主膳但世の養女となった。
 八重は御殿奉公を辞め、お屋敷を下がり、但世の屋敷に身を寄せた。これより後は但世が八重の後見となり、父親代わりを務めることになる。
 正室の義父となることで、江戸家老としての但世の権勢は更に盤石なものとなるに相違なかった。
 そして、更にそれから時を経たその年の霜月半ば大安吉日の夕刻。
 坂崎邸から黒塗りの立派な女駕籠が出立した。駕籠の長柄の部分には木檜氏の家紋である丸に撫子が金蒔絵で描かれている。
 駕籠はそのまま木檜藩の上屋敷の大広間まで担ぎ込まれた。駕籠の開き戸が外側からお付きの奥女中たちによって開けられる。その内側から降り立ったのは、可憐な花嫁御寮であった。
 純白の練り絹をたっぷりと使った花嫁衣装は江戸でも名だたる呉服問屋に注文し、作らせた。丸に撫子紋が織り出された白絹の小袖、打掛、綿帽子を身に纏った新婦は十七歳、傍らに並ぶ新郎木檜嘉亨は二十九歳。この日の新郎は裃・烏帽子の正装で、こちらは光源氏の再来かと見紛うばかりに優美で凛々しい。
 婚礼は夜に行われるのが通例である。華燭の儀は大広間で行われ、下屋敷からは嘉亨の義母でもある先代藩主夫人敬行院が駆けつけた。他にも新婦の養父となった坂崎主膳を初め、老女の春日井などの面々が見守る中、金屏風を背にした新郎新婦は一対の夫婦(めおと)雛のようだ。高砂が高らかに流れる中、三三九度の酒が酌まれ、まずは新郎、次に新婦が盃を傾けてゆく。

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