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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第9章 祝言

「ずっと行事が目白押しで疲れたろう」
 若夫婦が初夜を過ごす寝所は奥向きの一角にある。藩主が奥で寝(やす)む場合、正室及び側室と過ごすための寝所があるのだ。また、藩主が女人の部屋を訪れ、そこで臥所を共にする場合もある。
 良人となったばかりの嘉亨の労りの言葉に、八重は小さく首を振った。
「いいえ、たいしたことはございませぬ。殿の方こそ、お疲れになられたのではございませぬか」
 逆に嘉亨を気遣う八重であった。
 夫婦二人だけの寝室である。二人共に豪奢な婚礼衣裳を脱いで、白一色の夜着姿であった。広々とした部屋の中央に錦の褥が二つ並んでいる。
 千尋の海の底を思わせる閨の中は物音一つなく、物の文目が漸く判るほどの明るさであった。枕許の行灯の焔が風に揺れる度、障子に映し出された二人の翳も揺らぐ。
 桔梗の花が束になって美濃焼の壺に投げ入れてあった。紫と白の清かな花を八重が眺めていると、嘉亨が眼をしばたたいた。
 いつもの眩しそうなまなざしを向けている。八重は嘉亨の視線を感じて、弾かれたように顔を上げた。
「殿、一つだけお窺いしてもよろしうございますか?」
「ん? 何だ」
 嘉亨が八重の顔を覗き込む。
「殿は何故、そのようなお眼をなさって、私をご覧になるのでございましょう?」
「眼―、何だ、私の眼付きが変か?」
 意外そうに応える良人に、八重は真顔で頷いた。

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