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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第9章 祝言

「実はあの奥女中のことだが」
 しかし、嘉亨の方はちゃんと八重の動揺に気付いていた。知っていても、八重の心を思いやって、知らぬふりをしているのだ。嘉亨は、そういう男であった。
「今宵、我らは夫婦となった。夫婦の間に隠し事や秘密は良くない。ゆえに、話しておこうと思てな」
「まっ、では、殿はその者との間にやはり何か私には言えぬようなことがおありになられのでございますか!」
 果たして、八重の顔が強ばった。
「おい、人の申すことを最後までよく聞かぬか。その者には既に言い交わした許婚者がいたのだ。私もそのことは承知だった。私がまだ家督を継いだばかりの頃、前髪立ちであった頃に傍に仕えてくれていた者だ。今頃はもう良き妻、母となっているだろう。考えてみれば、その者は、私には清冶郞にとっての八重のような存在であったのかもしれぬな。姉のように慕っていた憶えがある」
 真相を知った八重の胸に何とも言えぬ安堵がひろがる。
 だが、ここで素直にそう言うのも癪で、八重はプイとあらぬ方を向く。
「気にしてなどおりませぬ」
「さりながら、あのときは妬いておったではないか」
 八重があまりに強情を張るので、嘉亨も少しからかってみたくなったようだ。
「ほら、紅くなったぞ。白い頬が林檎のように紅くなった。図星だな」
「もう知りませぬ」
 八重がますます頬を染めると、嘉亨は愉快そうに笑った。
「素直じゃないな」
 もし、この場におさんがいたら、きっと、また〝素直にならなきゃ駄目だよ〟と窘められてしまうに相違ない。

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