天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第10章 第四話〝空華(くうげ)〟・すれ違い
既に八重にとっては、〝一日も早くお世継を〟という重圧が些細な事では済まなくなりつつあるのだが、当の八重は事の重大さに気付いてはいない。いや、たいしたことではないと思い込もうとすることで、何とか現状を乗り切ろうとしていたのだ。そのことで、自分の殻に閉じこもり、よりいっそう孤独感を募らせていることにも、まだ若い彼女は思い至ってはいない。
「そのことは、よくよく存じておる」
八重はやっとの想いで口にすると、飛鳥井の執拗な視線から逃れるようにその場を離れた。が、数歩前に進んだところで、また脚許が覚束なくなり、転びそうになる。
「危ないッ」
飛鳥井が叫び、咄嗟にその華奢な身体を支えた。もし、飛鳥井の支えがなければ、八重はとうにその場に転んで、身体を固い廊下にしたてか打ちつけていたに相違ない。
「済まぬ」
八重はあまりの情けなさに、またしても溢れそうになる涙を堪え、飛鳥井の手に掴まりり立ち上がった。
「やはり、いささかお疲れにございましょうか」
案じ顔の飛鳥井に、八重は口早に言った。
「大事ない。このことは、飛鳥井、殿には申し上げてはならぬぞ。それでなくても、ここのところご用繁多でお疲れのご様子じゃ。要らざることで、ご心配をおかけしてはならぬ」
一応、釘は刺しておいても、どうせ飛鳥井から今日の中には嘉亨の耳に筒抜けになってしまうだろう。何しろ、飛鳥井は嘉亨を赤児の時分から乳を与えて育てた乳人である。殊に八歳で生母と死別した嘉亨にとって、飛鳥井は真の母同然であった。単なる主従の間柄を越えた心の繋がりがある。そこには、八重が踏み込めないようなものがあるのだ。
「そのことは、よくよく存じておる」
八重はやっとの想いで口にすると、飛鳥井の執拗な視線から逃れるようにその場を離れた。が、数歩前に進んだところで、また脚許が覚束なくなり、転びそうになる。
「危ないッ」
飛鳥井が叫び、咄嗟にその華奢な身体を支えた。もし、飛鳥井の支えがなければ、八重はとうにその場に転んで、身体を固い廊下にしたてか打ちつけていたに相違ない。
「済まぬ」
八重はあまりの情けなさに、またしても溢れそうになる涙を堪え、飛鳥井の手に掴まりり立ち上がった。
「やはり、いささかお疲れにございましょうか」
案じ顔の飛鳥井に、八重は口早に言った。
「大事ない。このことは、飛鳥井、殿には申し上げてはならぬぞ。それでなくても、ここのところご用繁多でお疲れのご様子じゃ。要らざることで、ご心配をおかけしてはならぬ」
一応、釘は刺しておいても、どうせ飛鳥井から今日の中には嘉亨の耳に筒抜けになってしまうだろう。何しろ、飛鳥井は嘉亨を赤児の時分から乳を与えて育てた乳人である。殊に八歳で生母と死別した嘉亨にとって、飛鳥井は真の母同然であった。単なる主従の間柄を越えた心の繋がりがある。そこには、八重が踏み込めないようなものがあるのだ。