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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)

   《蓮華邂逅》

 春の陽が緑の葉裏に照り映え、眼にも鮮やかだ。弥栄は、ぼんやりと庭を眺めながら、ここひと月ほどの慌ただしい日々を思い出していた。
 ひと月前、弥栄は伯父の望むままに、木檜藩主木檜嘉亨の住まう上屋敷へと上がった。和泉橋町は閑静な武家屋敷町だが、木檜藩邸はその一角に三万石の石高にしては広壮な屋敷を構えている。が、三万石という禄高はあくまでも表向きのことであり、木檜藩の内証は裕福で、内実は五万石、六万石ともいわれている。そのことを考えれば、藩邸が立派なのにも頷けるというものだ。
 御殿奉公に上がるに当たり、弥栄は名を〝八重〟と改めた。この方が雅やかな感じがするからというもので、これは上屋敷の方から勧められたものだが、弥栄自身は生まれたときからずっと馴染んでいた名前を否定されたようで、哀しかった。しかし、上からの命とあらば、従わぬわけにはゆかない。
 月日の経つのは実に早く、八重はこの一ヶ月間、それこそ無我夢中で過ごしてきた。その間に季節はうつろい、上屋敷に来た日はまだ遅咲きの桜が咲いていたのに、今ではもう庭は初夏の佇まいを見せている。
 日中ははや夏のような陽気で、少し身体を動かしただけで汗ばんでくるほどだ。そのような天候ゆえ、むろん庭に面した障子はすべて開け放っている。障子を開けていれば、爽やかな風が吹き込んできて、心地良い。
 それにしても、八重はひと月前、若君に初お目見えした日のことを思い出さずにはおられない。その日、八重は老女(奥向きを取り締まる総取締)の春日井に連れられ、若君清冶(せいじ)郞(ろう)に初めて対面した。
―今日より、この八重と申す者が若君さま付きとなり、お仕え申し上げることにあいなりましてございます。
 春日井が勿体ぶった口上で告げると、清冶郞は怯えたような表情でビクリと身を震わせた。

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