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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)

 畏まっていた八重もまた緊張のあまり、なかなか口を開けないでいた。そんな八重を春日井が鋭い眼付きで振り返った。
―八重どの。若君さまにご挨拶を致さぬか。
―は、はいっ。
 八重は慌てて、その場に平伏した。
―八重にございます。どうぞよろしくお願い致しまする。
 我ながら気の利かぬ挨拶だとは思ったけれど、これが精一杯だった。
―あ、あの、若君さまは何をしてお遊びになるのがお好きでございましょうか? 
 相手は七歳の子どもである。しかも八重は遊び相手兼話し相手を務めるというのだから、まずは若君の好みを把握しておく必要があると思って訊いたのだ。
 しかし、清冶郞はますます身を縮めた。
―若君さま?
 八重が呼ばわると、清冶郞はダッと駆け出し、隣室の開いたままの襖の影に隠れてしまった。全くとりつくしまもないとは、このことだった。
―八重どの、ご対面の前にも再三申し上げたはずじゃ。若君さまはたいそう大人しきお方ゆえ、あまりに事を急いだり性急な物言いをしてはならぬと申し聞かせたはずじゃが?
 要するに、信じられないほどの引っ込み思案で、殊に初対面の相手などには心を開くことができないのだ―と、確かそんなようなことを言われたのだが、八重もまさかここまで臆病な子どもだとは思っていなかったのである。
 結局、その日の対面は、それで終わった。清冶郞は隣室に逃げ込んだまま、しばらくこちらの動向を窺っているようであったが、二度と姿を現すことはなかった。
―刻をかけ、けして急ぐでない。
 その後、春日井は幾度も念を押すように言った。

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