天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第10章 第四話〝空華(くうげ)〟・すれ違い
「今の中に何とかせねばなるまい」
飛鳥井は独りごちた。ご夫婦仲がよそよそしくなってしまっては、お世継ぎの誕生どころではない。そのことは、先の奥方尚姫と嘉亨の夫婦仲の悪さで懲りていた。もっとも、尚姫は美女ではあったが、下世話に申せば触れなば落ちんとするような熟れた果実のような色香が溢れており、その外見を裏切らず、見事に世継の若君をあげた。夫婦仲が悪くとも、必ずしも子が授からぬというわけでもない。
それに、もう飛鳥井には一つ気がかりがあった。今日の昼下がり、奥方の様子が尋常ではなかったことだ。大体、あのような飛鳥井でさえ滅多と赴かぬ場所に、奥方おん自らが何用があったというのだろう。
―もしや、奥方さまは芙蓉の間にお入りになられたのではないか。
その懸念は、ずっと続いている。奥方を見かけた場所のすぐ先には〝開かずの間〟と言われている芙蓉の間があること、奥方のあの取り乱し様から考えても、その可能性は十分にある。
芙蓉の間は、もう十年近く前、正確には九年前に嘉亨自らが封印してしまった部屋なのだ。あの部屋に入ることはおろか、口にすること、とにかく芙蓉の間に拘わるすべてのことが禁忌であった。
よりにもよって、あの部屋に奥方がお入りになったとしたら、到底、何事も起きぬはずがない。
飛鳥井は小さな吐息を零すと、手許の煙草盆を傍らに引き寄せ、まるで鬱憤を晴らすかのように荒々しく吸い終えた煙管をポンと打ちつけた。
飛鳥井は独りごちた。ご夫婦仲がよそよそしくなってしまっては、お世継ぎの誕生どころではない。そのことは、先の奥方尚姫と嘉亨の夫婦仲の悪さで懲りていた。もっとも、尚姫は美女ではあったが、下世話に申せば触れなば落ちんとするような熟れた果実のような色香が溢れており、その外見を裏切らず、見事に世継の若君をあげた。夫婦仲が悪くとも、必ずしも子が授からぬというわけでもない。
それに、もう飛鳥井には一つ気がかりがあった。今日の昼下がり、奥方の様子が尋常ではなかったことだ。大体、あのような飛鳥井でさえ滅多と赴かぬ場所に、奥方おん自らが何用があったというのだろう。
―もしや、奥方さまは芙蓉の間にお入りになられたのではないか。
その懸念は、ずっと続いている。奥方を見かけた場所のすぐ先には〝開かずの間〟と言われている芙蓉の間があること、奥方のあの取り乱し様から考えても、その可能性は十分にある。
芙蓉の間は、もう十年近く前、正確には九年前に嘉亨自らが封印してしまった部屋なのだ。あの部屋に入ることはおろか、口にすること、とにかく芙蓉の間に拘わるすべてのことが禁忌であった。
よりにもよって、あの部屋に奥方がお入りになったとしたら、到底、何事も起きぬはずがない。
飛鳥井は小さな吐息を零すと、手許の煙草盆を傍らに引き寄せ、まるで鬱憤を晴らすかのように荒々しく吸い終えた煙管をポンと打ちつけた。