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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)

 木檜藩を統べる木檜嘉亨には、現在のところ、清冶郞しか子はいない。嘉亨は二十八になり、かつて正室との間に嫡子清冶郞を儲けた。しかし、今、清冶郞を生んだ正室尚(ひさ)姫は離縁して実家に戻っている。尚姫の実家は老中水野忠(ただ)篤(あつ)であり、忠篤は尚姫の兄に当たる。
 そう、かつて亡き父絃七と花魁白妙を争った旗本の若殿というのがこの忠篤の甥に当たるのだ。つまり、その若殿の生母と尚姫は実の姉妹、清冶郞と若殿は従兄弟ということになる。
 この木檜家と若殿の生家が直接関わりがあるわけではないが、いわば父はその旗本の若殿が白妙に横恋慕したせいで、白妙と心中を図ったのだともいえる。その若殿に白妙を身請けする金を融通したのが伯父の水野忠篤であった。それを考えれば、絃七の娘である八重が水野家の姫である尚姫の嫁ぎ先木檜家に奉公に上がることになったのも因縁だといえよう。
 嘉亨と尚姫の間は最初からよそよそしく、結婚三年目に清冶郞が生まれたものの、尚姫はその三年後に木檜家を出て水野家に戻った。生来物静かで書見をするのが趣味だという嘉亨、万事につけ派手好みで芝居見物や役者に熱を上げていた夫人とはウマが合わなかったという。また、質素倹約を旨とする嘉亨は、夫人が日々の衣装代に無為に金を浪費することも快くは思っていなかったようだ。
 大体、嘉亨という人はおよそ感情を表に出すことのない質で、声を荒げたこともない代わりに、嬉しげに笑っているのを誰も見たこともないというほどの寡黙な人物だった。かといって愚鈍、暗君というわけでもなく、国許では年貢の軽減や積極的な治水工事などによって国政に効果を上げ、領民からは慕われている賢君だとか。
 これらの話はすべて、お家の内情ともいうべきもので、一切の他言は無用とした上で春日井が手短に語って聞かせたものだ。

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