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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第11章 秘密

「奥方さま、このお花はお国許で特に栽培なさっているものだとかで、今朝、早馬で江戸表にお届けあったばかりのものだとお伺い致しました。やはり、お方さまへの殿の並々ならぬお心の表れと拝察仕りまする」
 木檜藩は温暖な気候、肥沃な土地柄に恵まれ、表向きは三万石といわれているが、内実は六万石とも七万石とも囁かれている。作物は秋になれば豊かに実り、百姓たちは飢えることもなく藩内の気風は充実していた。
 数えて七代目の藩主となる嘉亨は名君として知られ、国許では〝中興の祖〟と讃えられて領民たちにも広く人気があるという。穏やかで武よりも文を好み、何事も争いを避けようとする気性を武士にあるまじき軟弱と陰で誹る家臣たちもいるとは聞くが、概ねの者たちには〝思慮深い殿〟として慕われていた。
 琴路は、八重が木檜藩主の正室となって以来、ずっとお付きとして側に控えている。自分の言動一切は、この琴路を通して飛鳥井に伝わっていることは千も承知だ。また、琴路がお付きの侍女兼監視役であることも。
 飛鳥井は何より嘉亨大事ゆえ、八重が藩主の正室としてあるまじきこと、相応しからぬ行為をせぬか逐一、気を配っていることだろう。
 嘉亨から届けられたばかりの水仙を眺めながら、琴路は我が手柄のように得意気に揚々と語った。その言葉には存外に〝ありがたく思え〟と言わんばかりの響きがある。
「もう、良い」
 八重はひと言投げつけるように言うと、すっと立ち上がった。そのまま三間続きになった最奥の寝所の襖を開けようとすると、背後から琴路の狼狽えた声が追い縋ってきた。
「お待ち下さりませ。御寝あそばされますならば、ただ今、お召し替えのお手伝いなど致します」
「要らぬ」

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