天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第11章 秘密
八重は素っ気ない口調で返すと、そのまま次の間に引きこもった。襖を閉める刹那、琴路の大仰な溜息が聞こえてきたような気がしたが、構わずそのまま襖を閉めた。
どうせ、今夜中には琴路はしたり顔で飛鳥井に報告するに違いない。
奥方さまは、下々の者どものように侍女に手伝わせもせずに着替えを一人でなさって、勝手にお寝みになった、と。
高貴な女性というものは、何事もけして一人でせず、お付きの者の手を借りるものだ。月事(生理)のときでさえ、厠にお付きの侍女が入るのが通例であるが、八重は断固としてそれだけは拒んだ。こんな些細なことにも、奥女中たちは〝奥方さまは、やはりご出自がご出自ゆえ〟と陰にこもった笑みを浮かべて嘲笑しているらしい。
もっとも飛鳥井ほどの女傑が琴路のそのような告げ口にいちいち目くじらを立てるとも思えないが。表では琴路の報告にさも同意しているかのようにもっともらしく相槌を打ちながらも、実のところ、飛鳥井はそのようなことで動じたりはしない。そういう女なのだ。
若君清冶郞に仕えていた腰元時代、八重は飛鳥井の下でみっちりと仕込まれ、飛鳥井の考え方や人となりを十分学んでいる。言うなれば、琴路のように器の小さい人ではないのだ。
寝間には既に幾重にも重ねた夜具がのべてあった。横になってみたものの、眠りはいっかな訪れる気配はなかった。
そろそろ夜四ツ(午後十時)を回る頃だろう。八重はしばらく眠れぬまま床の中で寝返りを打っていたが、やがて諦めて床から出た。
その時、突如として烈しい吐き気が胃の腑奥底からせり上がってきた。
「―?」
八重は思わず口許を押さえ、その場に蹲る。
どうせ、今夜中には琴路はしたり顔で飛鳥井に報告するに違いない。
奥方さまは、下々の者どものように侍女に手伝わせもせずに着替えを一人でなさって、勝手にお寝みになった、と。
高貴な女性というものは、何事もけして一人でせず、お付きの者の手を借りるものだ。月事(生理)のときでさえ、厠にお付きの侍女が入るのが通例であるが、八重は断固としてそれだけは拒んだ。こんな些細なことにも、奥女中たちは〝奥方さまは、やはりご出自がご出自ゆえ〟と陰にこもった笑みを浮かべて嘲笑しているらしい。
もっとも飛鳥井ほどの女傑が琴路のそのような告げ口にいちいち目くじらを立てるとも思えないが。表では琴路の報告にさも同意しているかのようにもっともらしく相槌を打ちながらも、実のところ、飛鳥井はそのようなことで動じたりはしない。そういう女なのだ。
若君清冶郞に仕えていた腰元時代、八重は飛鳥井の下でみっちりと仕込まれ、飛鳥井の考え方や人となりを十分学んでいる。言うなれば、琴路のように器の小さい人ではないのだ。
寝間には既に幾重にも重ねた夜具がのべてあった。横になってみたものの、眠りはいっかな訪れる気配はなかった。
そろそろ夜四ツ(午後十時)を回る頃だろう。八重はしばらく眠れぬまま床の中で寝返りを打っていたが、やがて諦めて床から出た。
その時、突如として烈しい吐き気が胃の腑奥底からせり上がってきた。
「―?」
八重は思わず口許を押さえ、その場に蹲る。