天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第11章 秘密
幸いなことに、眠りに落ちる前、いっとき感じた吐き気は治まっていた。やはり、軽い風邪なのだろうと少しだけホッとする。
外は藍玉を溶かしたような闇がひろがっている。
まだ夜中なのか、月の光だけが庭に敷きつめられた白石を煌々と照らしている。
蒼白い月光が庭園と屋敷を白々と映し出している。
その時、ひとたびは止んでいたはずの吐き気がまたもやぶり返してきた。今度は先刻ほどではないけれど、やはり、胃の調子を崩したかのような、むかむかとした不快感がある。
刹那。八重の中にある予感が生じた。
―もしや。
蒼くなって指を折ってみる。ひと月、ふた月、み月。
「あ―」
涙が溢れそうになり、八重は唇を噛みしめた。嘉亨と祝言を挙げたのは去年の霜月半ばだった。元々、月事は遅れがちだったため、気にしたこともなかったけれど、もうずっと月のものが来ていない。
妊娠したかもしれない。そう思っても、何故か、八重には歓びよりは不安と衝撃の方が大きかった。正直言って、まだ母となる心構えもできてはいなかったし、八重を上屋敷の皆が正室として心から認めてはいないことを知っていたせいもある。こんなに心が乱れ、揺れてばかりの自分が果たして、このまま一国の藩主夫人の座に居ても良いものかという迷いもあった。
零れる涙を堪えるように空を見上げれば、そこにはただ白い月だけが輝いていた。
八重はよろめくように部屋に戻った。吐き気はもう治まっていたが、心は虚ろだった。何を、どうしたら良いのか皆目見当もつかない。本来なら、懐妊の兆候があれば、琴路か飛鳥井に打ち明け、直ちに侍医の診察を受けるべきであろう。
外は藍玉を溶かしたような闇がひろがっている。
まだ夜中なのか、月の光だけが庭に敷きつめられた白石を煌々と照らしている。
蒼白い月光が庭園と屋敷を白々と映し出している。
その時、ひとたびは止んでいたはずの吐き気がまたもやぶり返してきた。今度は先刻ほどではないけれど、やはり、胃の調子を崩したかのような、むかむかとした不快感がある。
刹那。八重の中にある予感が生じた。
―もしや。
蒼くなって指を折ってみる。ひと月、ふた月、み月。
「あ―」
涙が溢れそうになり、八重は唇を噛みしめた。嘉亨と祝言を挙げたのは去年の霜月半ばだった。元々、月事は遅れがちだったため、気にしたこともなかったけれど、もうずっと月のものが来ていない。
妊娠したかもしれない。そう思っても、何故か、八重には歓びよりは不安と衝撃の方が大きかった。正直言って、まだ母となる心構えもできてはいなかったし、八重を上屋敷の皆が正室として心から認めてはいないことを知っていたせいもある。こんなに心が乱れ、揺れてばかりの自分が果たして、このまま一国の藩主夫人の座に居ても良いものかという迷いもあった。
零れる涙を堪えるように空を見上げれば、そこにはただ白い月だけが輝いていた。
八重はよろめくように部屋に戻った。吐き気はもう治まっていたが、心は虚ろだった。何を、どうしたら良いのか皆目見当もつかない。本来なら、懐妊の兆候があれば、琴路か飛鳥井に打ち明け、直ちに侍医の診察を受けるべきであろう。