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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第11章 秘密

 これまでそのあまたの美貌、才気溢れるる女たちに振り向きもしなかった殿が何故、あのように冴えない鈍重(口重で内気さな八重は、しばしば彼女たちには、そのように見えていた)な娘にあれほどご執心あそばすのか判らない。その悔しさは生半可ではないのだ。
 それはともかく、その朝、嘉亨は珍しく仏間拝礼の後、妻の部屋に立ち寄った。
 昨夜、夜伽を辞退した手前、八重は仏間拝礼には顔を出さず、自室に控えていたのだ。
 常であれば先祖の御霊に黙祷を捧げるこの儀式は休むことのない妻である。その妻の姿が見えぬことに心配したらしい。
「どうした気分悪しきと聞くが、伏せっておらずとも良いのか?」
 唐突に訪れた嘉亨に、八重は愕いた。その日も朝から軽い吐き気は続いていて、具合が悪いというのは満更嘘ではなかった。八重が朝餉の膳を殆ど手付かずで返すことは珍しい。無理に食べようとすると、戻してしまいそうになり、どうしても食べられなかった。
 琴路などは、すぐにお匙(医者)を呼ぶと色めき立ったのだが、八重がたいしたことはないと言い張り、頑として診察を拒んだのだ。今も寝ているようにとしつこく言う琴路を一人になりたいからと言って、追い出したところであった。
 心配してくれているのではあろうが、鬱陶しいこと、この上ない。
「大事ござりませぬ。ご心配をおかけして、申し訳もございませんでした」
 八重は小さな声で言った。
 嘉亨が八重の顔を覗き込む。
「あれは気に入ったか、ん?」
 甘い声でいきなり問われ、八重は戸惑った。嘉亨が言っているのが何のことか判らなかったのだ。返答に困っている八重を見て、嘉亨は怪訝そうな表情をした。

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