天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)
春日井は四十半ば過ぎの見た目は謹厳実直、意地悪で口煩い姑か小姑といった感じだが、よくよく話してみると、見かけほど気難しくもなく、ざっくばらんな人柄だと判る。木檜家の奥向きはこの春日井がすべて取り仕切っており、しっかり者の女人がいるお陰で正室不在の奥向きも曲がりなりにもちゃんと体面を維持できているのだ。
そんな藩主だから、いわば後宮ともいうべき奥向きに脚を踏み入れることも滅多にない。毎朝の仏間拝礼(先祖代々の位牌に向かって黙祷を捧げる朝の儀式)と嫡子清冶郞の顔を見るときくらいのものだ。むろん、側室といった存在とも無縁の男だった。
八重は若君清冶郞付きということで、その主な役目は清冶郞の身の回りの世話や、話し相手、遊び相手を務めるというものであった。
が、清冶郞は八重にいっかな懐いてくれず、八重を見ただけですくみ上がり、隣室に逃げ込んでしまうといったことが続いた。春日井によれば、清冶郞付きの奥女中はもうこれで数人目になるのだそうだ。どの奥女中も長くて半年、酷いときはひと月も保(も)たなかったと聞いた。やはり、八重にするように、姿を見ただけで隣室に逃げていってしまうので、しまいには奥女中の方が困り果て泣き出す始末だった。
八重は清冶郞の気を引くためには何か妙案はないかと頭を悩ませた。若殿といっても、何も色仕掛けで籠絡するわけではない。相手は七つの頑是ない童なのだ。何か手立てはあるはずだ―と毎日、無い知恵を絞り続けたある日、ふと閃いた策があった。
その昔、八重がまだ九つくらいのときのこと、遠縁のお店(たな)の子が遊びにきたことがある。その時、その子と手毬をついて遊んだのをふと思い出したのだ。その子は八重より三つ下で、女の子だった。だが、同じ年頃の子どもであれば、もしかしたら、興味を持ってくれるかもしれない。
そんな藩主だから、いわば後宮ともいうべき奥向きに脚を踏み入れることも滅多にない。毎朝の仏間拝礼(先祖代々の位牌に向かって黙祷を捧げる朝の儀式)と嫡子清冶郞の顔を見るときくらいのものだ。むろん、側室といった存在とも無縁の男だった。
八重は若君清冶郞付きということで、その主な役目は清冶郞の身の回りの世話や、話し相手、遊び相手を務めるというものであった。
が、清冶郞は八重にいっかな懐いてくれず、八重を見ただけですくみ上がり、隣室に逃げ込んでしまうといったことが続いた。春日井によれば、清冶郞付きの奥女中はもうこれで数人目になるのだそうだ。どの奥女中も長くて半年、酷いときはひと月も保(も)たなかったと聞いた。やはり、八重にするように、姿を見ただけで隣室に逃げていってしまうので、しまいには奥女中の方が困り果て泣き出す始末だった。
八重は清冶郞の気を引くためには何か妙案はないかと頭を悩ませた。若殿といっても、何も色仕掛けで籠絡するわけではない。相手は七つの頑是ない童なのだ。何か手立てはあるはずだ―と毎日、無い知恵を絞り続けたある日、ふと閃いた策があった。
その昔、八重がまだ九つくらいのときのこと、遠縁のお店(たな)の子が遊びにきたことがある。その時、その子と手毬をついて遊んだのをふと思い出したのだ。その子は八重より三つ下で、女の子だった。だが、同じ年頃の子どもであれば、もしかしたら、興味を持ってくれるかもしれない。