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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第11章 秘密

「お方さま、この琴路の眼は節穴ではございませぬぞ。飛鳥井さまより奥方さまのご身辺に万が一何事かありしときは直ちにお知らせ参らせるようにとの命を承っておりまするが、お方さま、先日来よりご気分優れぬは、ご懐妊にございましょう」
「―」
 さっと固まった八重に、琴路は厳しい表情で続ける。
「よろしいですか、この木檜氏は遡れば、初代  徳院さまの御世より今日まで連綿と続く由緒ある武門のお家柄。当代の殿は七代目の藩主におわされまする。ご幼少の砌より英明の誉れも高く、目下は江戸表にては上さまのご信頼も厚く、更に国許では世に並びなき賢君として下々の者に至るまで殿をお慕いせぬ者はおよそ一人としてございません。その類稀なるお方のご正室となられたからには、お方さまには相応のお覚悟をお持ち頂かねばなりませぬぞ」
 とうとう堪え切れず、八重の眼から大粒の涙が溢れ、白い頬をついた落ちる。琴路は、ひっそりと涙を流す八重を無表情に見つめながら、淡々とご正室お心得なるものを述べ立てた。 
「殿はお優しく、また殊にお方さまにはお甘いゆえ、直接にお自ら世継のことをお口になさることはまずないとは存じますれど、当家はいまだご嫡男これなく、我ら一同、一日千秋の想いで若君ご生誕のお歓びの日をお待ち申し上げております。今朝方のように、殿がお方さまをお召しになりたいと思し召せば、お方さまはいつ何時であろうと、その御意には素直にお従いなさらねばなりませぬ。ましてや、殿のお胤を御身に宿されたかもしれぬとあらば、お方さまのお身体は最早、たとえご自身だとて自由にはできぬ大切なものとおなりあそばされたのでございますよ」
 あまりの言葉に、八重は唇を噛みしめ、うつむいた。

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