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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第11章 秘密

 いつ何時であろうと、嘉亨が望めば、身体を差し出さねばならない。たとえ心が進まずとも、嘉亨が八重を欲すれば、八重は自らの心を殺してでも慰みものにならねばならないのか。それでは、妻というよりは、男に膚を売る遊女と何ら変わりはないではないか。
 言葉もなくうなだれる八重に、琴路は冷たい声音で言い放った。
「お方さまにご懐妊の兆候がおありの由、これより飛鳥井さまにお伝え致しまする」
 〝後でお召し替えのお手伝いをさせる者を寄越しますゆえ〟と言い残し、琴路は立ち上がる。打掛の裾を捌き、後ろを振り向きもせずにしずしずと歩き去った。
―そなたは自分の務めを忘れておるのではないか。
 嘉亨から早く子を生めと命じられたことも、八重には相当の打撃を与えていた。嘉亨の立場としては当然もことかもしれないが、これまで一度として子どものことを口にしたことはなかったのだ。やはり、八重が嘉亨の優しさに甘えすぎていたのだろうか。琴路の言うように、木檜藩主の妻としての自覚が足りなさすぎたかもしれない。
 八重の眼に、鮮やかな黄色の花が映じた。昨夜、嘉亨から届けられた水仙の鉢が片隅の小机に置いてある。
―あれは気に入ったか?
 もしかしたら、嘉亨が訊ねたかったのは、この花のことかもしれない。毎年、その季節いちばんに早馬で届けられるこの水仙は希少で、大変価値のあるものだ。温室で育てるとはいえ、この時期の開花は難しく、数鉢しか成功しないという。その中でも最もできの良い美しい花を選び、将軍家に献上するのが代々の木檜藩の習わしであった。その大切な一つをわざわざ八重のために届けてくれた嘉亨の心を、八重は考えてみようともしなかった。
 しかし、今更気付いてみても、遅い。
―私ったら、やっぱり、馬鹿だ。

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