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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第12章 真実

「ご無理をなさいますな」
 その言葉に甘え、八重は素直に床に横たわる。実のところ、もう床の上に身を起こすだけでも、やっとという有り様であった。弱り切った我が身がつくづく情けない。子を一人産むことすら、自分には満足にできないというのかと思うと、余計に落ち込んだ。
「奥方さま、僭越ながら、お訊ね致したきことがございまして、今日はまかり越しました。お方さまには何かお悩みあそばされておられるのではございませぬか」
 思いもかけぬ問いに、八重は沈黙した。
「昔話を致しても、よろしうございましょうか」
 八重が応えぬことに気を悪くする風もなく、飛鳥井は続ける。八重が小さく頷いて見せると、飛鳥井は柔らかく微笑した。
「私は畏れながら、殿を我が子ともお思い申し上げて、お育てして参りしました。初めての出逢いはもう三十年前にあいなりまする。先代の殿― 徳院さまのご側室であらせられたお美代の方が産気づかれたとの方を受け、直ちに上屋敷に上がりました、以来、ずっと心を込めて私なりにお仕えしてきたのでございます。殿はご幼名を  君と申し上げましたが、ご幼少の砌は清冶郞君と同様、お身体がお弱く、よく熱を出され、我ら一同、ご心配申し上げました」
 嘉亨への想いを語る飛鳥井の表情は、乳人というよりは、息子を思う母のものだった。飛鳥井は、やはり真は心優しい女人なのだ―と、八重は自分の眼が間違ってはいなかったことを知った。
「その大切な殿がお選びになった奥方さまは、私にとってもまた、大切なお方。どうかお悩みをお聞かせ下さいませぬか」
 その言葉には、いささかの偽りも媚びもなかった。ただ嘉亨の身を案じるのと同様に、八重をも案じる純粋な誠実さが溢れている。

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