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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第12章 真実

 八重は、少し躊躇った末、消え入りそうな声で言った。
「殿は、どなたかお心におかけになったお方がおありになるのではございませんでしょうか」
 と、飛鳥井は鳩が豆鉄砲を喰らったような、心底愕いた顔をした。
「殿の想い人は、お方さまをおかれて他にはございませんでしょう」
 八重が涙ぐんだのを見て、飛鳥井は小首を傾げた。
「はて、お方さまご自身がそのように―つまり、殿に他の女性(によしよう)の影があるとお感じになっていらっしゃるのでございますか? さりながら、この飛鳥井、嘘も隠しも致しませぬが、目下のところ、この上屋敷において殿のご寵愛をお受けさなさっておいでなのは、お方さまただお一人にございますよ。もっとも、他にも、お手の付いたおなごがおるとは聞いてはおりませぬが」
 八重はとうとう、ありったけの勇気をかき集めた。
「殿はいまだに、尚姫さま―前の奥方さまをお想いあそばされていらっしゃるのではないかと」
 ひと息に言ってのけると、流石に、自分からこのようなことをあからさまに口にすることが恥ずかしくなった。
「何ゆえ、そのように思し召したのでございますか」
 飛鳥井は優しく問う。いつもの彼女とはこれまた別人のようだ。八重はまたしても小さな声で応えた。
「でも、私は芙蓉の間で―」
 口を開きかけ、皆まで言えず、黙り込む。
 はらはらと涙の雫が溶けて散った。

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