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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第12章 真実

 それから更にひと月近くが経った。
 飛鳥井の言葉に嘘はなかった。暦が弥生に入り、腹の子がいつ月を迎える辺りから、八重の体調は少しずつ回復していった。あれほど頑固に八重を苦しめた悪阻も徐々に止み、やがて完全に治まった。
 そうなると、今度は食欲が一挙に出て、見る影もなく痩せていた八重は、直に元の健やかな美しさを取り戻した。何しろ、十八歳の身体は若く健やかだった。妊娠五ヵ月に入ったその月、大安吉日を選んで、着帯の儀が行われた。随明寺で祈願した御腹帯を飛鳥井が帯親となって、手ずから八重の腹に巻いた。
 着物を着て帯を締めた上からではまださほどめだたないが、湯浴みなどする際、裸になると、腹の膨らみが眼に付くようになった。
 こんもりとした円い腹を見る度、八重は自分が少しずつ母親になっているのだと思う。同時に、母の自覚と共に、腹の中の我が子への愛おしさを憶えるようになった。この頃になると、母となる歓びを素直に実感できるようになっていたけれど、依然として嘉亨との関係は元には戻ってはいなかった。
 互いに何とかしなければという気持ちはあるのに、なかなか自分の気持ちが相手に伝えられなくて、一度絡まった糸は、なかなか解(ほぐ)れない。やがてこの世に生まれ出てくる新しい生命のためにも嘉亨ともう一度、心を通わせたいと思うのに、その一歩がなかなか踏み出せないでいた。
 三月もそろそろ半ばに差しかかろうかという日、八重は自室にいた。ここは寝所と同じく、庭に面した座敷である。障子戸越しに差し込む弥生の陽光が青畳に陽溜まりを作っていた。

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