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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第12章 真実

「いいえ、殿。私は子どもの頃から、針を持っていると、刻の経つのも忘れとしまうほど夢中になるのでございます。つまりは、それほど好きなのでございます。幼い頃は、大きうなったら、仕立屋になるのが夢にございました。私が心を込めて作ったものをどこかのお人が歓んで身に纏うのを思い描いただけで、子ども心にわくわくしたものにございます」
 八重が夢中になって話している中に、嘉亨の顔色が変わった。だが、話に気を取られている八重は気が付かない。
「では、そちは町方の仕立屋風情になりたかったと申すか? この私の妻になるよりも、やはり市井で生きたかったと?」
 かすかに怒気を孕んだ嘉亨に、八重は唇を噛みしめて強い視線を向けた。
「そのようなことを申したわけではございませぬ。ただ、幼い頃の夢を語っただけにございまする」
 八重が懸命に訴えても、嘉亨は眉をつり上げる。
「ホウ? そなたが仕立屋になりたかったなぞ、私は今日、初めて耳に致したぞ」
 皮肉げな物言いに、八重は哀しくなる。こんな物言いも、怒りに歪んだ表情も嘉亨にはふさわくしない。以前は、こんな他愛ない昔話でここまで怒りを露わにすることはなかったというのに、何が彼をこうまで変えてしまったのか。
「つまらぬ昔話、しかも子ども頃の話にございます。わざわざお耳を汚すほどのこともないかと存じました」
 八重が言うと、嘉亨は口許を歪めた。
「どうやら、そなたには、私の話してはおらぬ昔話が多いようだ」
 刹那、八重はカッとなった。つい言わでもがなのことを口に出してしまう。

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