天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第12章 真実
夢中で走った。自分でもあまりに取り乱していて、どこをどう走ったか判らない。
気が付けば、かつて清冶郞が愛していた花―蓮池の前で泣いていた。
清冶郞の無垢な瞳が懐かしい。
八重、八重といつも姉のように後を追いかけ、慕ってくれた。十五になったら、父上にお話して、八重を妻に迎えるのだと真顔で語っていた少年のありし日の笑顔が瞼に浮かんで、消えた。
「あのときは、まさか八歳の若君さまに求婚されるなんて、思いもしもせんでした。なかなか、おませさんでいらっしゃったのね」
でも、本当は誰よりも優しくて、賢くて、そして、何よりも生きたいと願っていた清冶郞君。大きくなって、父上の跡を継いで良き藩主になりたいのだ、そのためにも死んだりなんかできないと涙ながらに語っていた少年。
ここに来ると、どうしても清冶郞との想い出が次々に蘇ってくる。初めて嘉亨と出逢ったのも、ここ蓮池のほとりだった。
あの瞬間、八重はたった一刹那で恋に落ちたのだ。そして、〝恋は魔物だと〟と言い残して吉原の花魁と心中した父絃七のその言葉の意味を初めて知った。
弥生の今、広い池には、ただ蓮の枯れ跡が見えるだけで、花は見当たらない。池の上には鈍色の雲が低く垂れ込めていて、あと半月も経たない中に桜が綻ぶ時候とは思えないほど陰鬱な空模様だ。そのせいか、まるで真冬に逆戻りしたかのように、空気も冷たい。
身の傍を吹き抜ける寒風に、八重は思わず身を震わた。我が身を自分で抱きしめるように両手でギュッとかき抱く。
まるで今の八重の心を写し取ったかのような空を眺めていると、余計に気が滅入ってきた。
気が付けば、かつて清冶郞が愛していた花―蓮池の前で泣いていた。
清冶郞の無垢な瞳が懐かしい。
八重、八重といつも姉のように後を追いかけ、慕ってくれた。十五になったら、父上にお話して、八重を妻に迎えるのだと真顔で語っていた少年のありし日の笑顔が瞼に浮かんで、消えた。
「あのときは、まさか八歳の若君さまに求婚されるなんて、思いもしもせんでした。なかなか、おませさんでいらっしゃったのね」
でも、本当は誰よりも優しくて、賢くて、そして、何よりも生きたいと願っていた清冶郞君。大きくなって、父上の跡を継いで良き藩主になりたいのだ、そのためにも死んだりなんかできないと涙ながらに語っていた少年。
ここに来ると、どうしても清冶郞との想い出が次々に蘇ってくる。初めて嘉亨と出逢ったのも、ここ蓮池のほとりだった。
あの瞬間、八重はたった一刹那で恋に落ちたのだ。そして、〝恋は魔物だと〟と言い残して吉原の花魁と心中した父絃七のその言葉の意味を初めて知った。
弥生の今、広い池には、ただ蓮の枯れ跡が見えるだけで、花は見当たらない。池の上には鈍色の雲が低く垂れ込めていて、あと半月も経たない中に桜が綻ぶ時候とは思えないほど陰鬱な空模様だ。そのせいか、まるで真冬に逆戻りしたかのように、空気も冷たい。
身の傍を吹き抜ける寒風に、八重は思わず身を震わた。我が身を自分で抱きしめるように両手でギュッとかき抱く。
まるで今の八重の心を写し取ったかのような空を眺めていると、余計に気が滅入ってきた。