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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第12章 真実

―このような下手くそな歌であれば、三歳の童でも楽々と詠みましょう。全く、雅さのかけらもなき、つまらぬ男。おまけに、寄越してきた櫛のまた貧相なこと。木檜藩は内証は裕福と聞いておったに、藩主自らが選ぶ品があの程度のものとは、噂ほど当てにならぬものはない。
 尚姫の鈴を転がすような声が応じた。
―いえいえ、こちらのお家は、水野家の姫君でいらせられる姫さまを嫁御寮として迎える栄誉に浴したのです。まさに、田舎大名の誉れにございませぬか。姫さまほどのお方をお迎えできたのでございますゆえ、姫さまはせいぜい美しく着飾り、装うて面白愉しうにお暮らしなされば、よろしいのです。幸いにも、こちらの殿は姫さまのお美しさに眼が眩んでおられるようでございますから、少々打掛や小袖を新調したとて、何も言えますまい。
 しばらくして、乳母と尚姫の甲高い耳障りな笑い声が聞こえてきた。
 嘉亨は、そのまま踵を返し、以降、二度と妻の許へ脚を向けようとはしなかった。
 美しい姫の醜い本性を知って以来、眼が覚めた。姫への憧れも恋情もきれいさっぱり無くなり、心が冷えた。まだ新婚の夢覚めやらぬ時期の、結婚してわずか半年後のことだった。
「皮肉なものだな、お尚にはそれ以来、何の興味もなくなったが、側室を持つこともなかった私は家臣たちに懇願されて、一、二度床を共にした。有り体にいえば、義理で褥を共にしたようなものだ。武門の家にとりて、跡継は必要なものだからな。私には望むと望まぬに拘わらず、世継を作るという務めがある。さりながら、そのたった一度か二度で、お尚は身ごもった」
 嘉亨はまた乾いた笑いを洩らした。
「殿と尚姫さまのおん仲は最初からあまり思わしいものではなかったと聞き及びおりました」

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