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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)

 八重から手渡された手毬は、清冶郞にとって宝物のようであった。黒地に色とりどりの撫子の花がかがられた眼にもあやな手毬である。春日井に己れの策を話した時、幾つか用意してくれた手毬の中から、八重自身が選んだものであった、撫子は八重の好きな花でもある。
 しかし、清冶郞が八重に懐けば懐くほど、八重は複雑な心境になるのは否めなかった。八重が春日井から聞かされた〝お家の事情〟とは実はもう一つあった。
 清冶郞の小さな身体は、病魔に蝕まれているというのだ。それも、難治性の厄介な病気で、殊に怪我などしようものなら、血が止まらなくなるという危険な病だという。そのため、清冶郞の回りの腰元たちは殊に気を遣った。外で駆け回る自由は、清冶郞には生まれながらに与えられなかった。万が一転んだりすることのないように、部屋内でも走ったりすることは厳重に止められていた。
 正室尚姫が実家に戻った理由の一つには、清冶郞のこの病のせいもあったというから愕きであった。尚姫は我が子がそのような病に取り憑かれていることを認められず、春日井に
―このような病弱な子は、わらわの子ではない。
 とまで言い放ったという。
 重い病に冒されているからこそ、余計に憐憫の情を持つのが親であろうのに、八重は尚姫の心情が到底理解できなかった。今すぐに生命がどうかなるというものではないが、このままゆけば、いずれ清冶郞の身体は全身が病毒に冒され、その生命の焔も遠からず尽きると医師からも告げられていた。その瞬間(とき)がいつになるか―半年後か、数年先になるかは、医師でさえ判らない。ただ、このような病にかかった子どもは大方は十歳になるまでには亡くなることが多いといわれた。
 今日も朝から、〝八重、八重〟と八重をずっと傍に置きたがり、例の手毬で遊んでいる。

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