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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第1章 第一話〝招き猫〟―旅立ち―

 白妙はその名のとおり、雪花のような白い膚を持ち、その清楚な美貌は月夜に輝く雪のごとしと謳われていた。お職を張る花魁にふさわしい品格と教養を持ち、高飛車でもなく控えめで客あしらいも上手く、大勢の上客がついていたという。
 その白妙にさる大身旗本の跡取りが夢中になっていたのだが、白妙と絃七はかれこれ数年来続いた仲で、どちらも真剣であったようだ。つまり、その旗本の若殿さまは白妙に横恋慕していたということになる。
 絃七は白妙を落籍しようと本気で思案しており、当時、あれこれと金策の工面をしていたようだ。紙絃ほどの大店の主でも、本籬のそれも稼ぎ頭の花魁を容易く落籍できるものではない。また、雪月楼の楼主も相手が紙絃の主と見ると、落籍料を相場よりも大目に提示した。
 その若さまというのが時の老中の甥っ子に当たるというので、若さまが老中に泣きついて何とかしてくれと頼み込んだ。老中には息子がおらず、その甥を猫可愛がりしていたから、いけない。金と権力に物言わせて白妙を無理にでも落籍する手筈を整えた。楼主もまた武家―しかも老中の威光には逆らえない。
 かくして白妙の身請けが正式に決まり、白妙が吉原を出る日取りまであと数日と迫ったある日、事件は起きたのだった。
 弥栄にしてみれば、父が何故、そのような大胆な行動に走ったかは、いまだに判らない。父は生来、思慮深く、到底、一時の感情だけで行動するような短慮な性格ではなかった。紙絃には大番頭の常吉を始め、あまたの奉公人もいたのだ。自分の行動が店の身代だけでなく、大勢の使用人たちの生き死ににも拘わってくるとの自覚は誰より持っていたはずだ。
 なのに、父は後先も考えず、己れの感情のままに行動し、店も何もかも台無しにした。

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