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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)

 八重は黒塗りの文箱を捧げ持ってくると、二重にかかった朱紐を解いた。箱の蓋には螺鈿細工で一輪の桜が象嵌されている逸品である。中から取りだしたのは色とりどりの色紙であった。
 その色紙を使って実に器用な手つきで、様々な物を折ってゆく。
「これは鶴、舟にございます」
 八重の手から次々に生み出される物たちに、いつしか清冶郞も眼を輝かして見入っている。先刻までの沈んだ顔は消え、生き生きとした瞳の輝きが戻っていた。
 どうやら、清冶郞の眼には、八重が色紙で様々な物を作り出すのが手妻のように見えるらしい。
「はい、今度は―」
 八重が言いかけると、清冶郞が勢い込んだ。
「判った、蝶だ!」
 清冶郞が歓声にも似た声を上げ、八重の手許を覗き込んだ。
「御意にございます。流石は若君さまにございますね」
 八重は掌(たなごころ)に乗せた蝶を恭しく清冶郞に向かって差し出した。
 鮮やかな黄色の蝶を見ていたつぶらな瞳が輝く。
 八重は清冶郞の横顔を改めて見つめ、吐息を零した。もっとも、これは不安のあまり零れ落ちたものではない。
 最初にこの若君を見たときにも感じたことだが、清冶郞は眼を瞠るほど愛らしい少年であった。愛らしいというよりは、美しいといった方が良いかもしれない。白い膚に黒眼がちな瞳、紅を刷いているわけでもないのに、愕くほど唇が紅い。
 まるで一流の細工師が精根込めて彫り上げた彫像のように美しく、御所人形が歩き出したかのように可憐だ。羽織袴を身につけていなければ、姫君さまといっても通るだろう。

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