
天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)
嘉亨が息子の様子を見にくるのは大抵、学問の時間が多い。清冶郞は学問の師について学んでいるが、それは清冶郞自身の私室ではなく、別室で行われるのが常であった。
春日井の話から想像する父親としての嘉亨像はけして悪いものではない。だが、当の清冶郞にすれば、己れが父に疎まれていると思い込んでしまっているらしい。
清冶郞が手許にあった毬を力を込めて放り投げた。毬は勢いよく飛び、畳に落ちてころころと転がる。大人しく素直な若君にしては珍しく乱暴な仕種に、八重は眼を瞠った。
少し躊躇った後、八重は思い切って口にした。
「僭越ながら申し上げます。ご自分の子が可愛くない親なんて、この世にはおりませぬ。私の父は既に亡くなりましたが、私を可愛がってくれました。母が亡くなった後、再婚もせずに私を育ててくれたのです」
「八重は母だけではなく父までもが既に亡くなっておるのか?」
愕いたように訊ねる清冶郞に、八重は首肯した。
「二年前に亡くなりました」
「やはり、母と同様、病で亡くなったのか?」
矢継ぎ早に訊ねるのに、八重は首を振る。
「父は―身内の恥を申し上げるようではございますが、吉原の花魁と心中を致しました」
「よしわらのおいらんとしんじゅう?」
七歳の清冶郞は、あどけない表情で呟く。
意味が判らないのが当たり前だ。
八重は微笑むと、清冶郞にも判るように説明した。
「父にはとても好きな女人がいたのですわ。さりながら、その女人とは夫婦(めおと)になることができない理由があって、そのために世を儚んで共に死ぬ道を選んだのです」
「―」
しばらく清冶郞から声はなかった。
清冶郞がこの話をどこまで理解したかは判らない。だが、八重は清冶郞を子どもだからと適当にはぐらかすことはなかった。
春日井の話から想像する父親としての嘉亨像はけして悪いものではない。だが、当の清冶郞にすれば、己れが父に疎まれていると思い込んでしまっているらしい。
清冶郞が手許にあった毬を力を込めて放り投げた。毬は勢いよく飛び、畳に落ちてころころと転がる。大人しく素直な若君にしては珍しく乱暴な仕種に、八重は眼を瞠った。
少し躊躇った後、八重は思い切って口にした。
「僭越ながら申し上げます。ご自分の子が可愛くない親なんて、この世にはおりませぬ。私の父は既に亡くなりましたが、私を可愛がってくれました。母が亡くなった後、再婚もせずに私を育ててくれたのです」
「八重は母だけではなく父までもが既に亡くなっておるのか?」
愕いたように訊ねる清冶郞に、八重は首肯した。
「二年前に亡くなりました」
「やはり、母と同様、病で亡くなったのか?」
矢継ぎ早に訊ねるのに、八重は首を振る。
「父は―身内の恥を申し上げるようではございますが、吉原の花魁と心中を致しました」
「よしわらのおいらんとしんじゅう?」
七歳の清冶郞は、あどけない表情で呟く。
意味が判らないのが当たり前だ。
八重は微笑むと、清冶郞にも判るように説明した。
「父にはとても好きな女人がいたのですわ。さりながら、その女人とは夫婦(めおと)になることができない理由があって、そのために世を儚んで共に死ぬ道を選んだのです」
「―」
しばらく清冶郞から声はなかった。
清冶郞がこの話をどこまで理解したかは判らない。だが、八重は清冶郞を子どもだからと適当にはぐらかすことはなかった。
